“魔法の国の王子様”
イールは最初こそディアナの傍にべったりだったが、彼女が体調を取り戻すにつれて外へ出るようになった。なんでもセインティアには彼と話が出来る精霊がたくさん居て、彼らと飛び回る楽しみを見つけたようなのだ。ちょっと寂しい気もするが、彼に友達ができたことは嬉しかった。
ディアナはそろりとベッドから降り、窓辺へ近づく。窓を押しあけ、外を見た。夕闇に包まれゆくセインティア王国は美しく、雄大な景色の中、木々の向こうにキラキラ輝くものが見える。
「何かしら」
身を乗り出せば、ちょうど窓の下を通り過ぎる侍女たちの声が聞こえた。
「それにしても大した被害も無くて良かったわね。さすがラセイン様だわ」
そうそう、貴族の中には月の女神様のことを色々詮索する方々もいたけれど、それを一喝なさって。素敵だったわよね~」
「ね、ラセイン様はもう出て行ったりなさらないわよね」
「そう願いたいわ。私たちの自慢の王子なのよ。フォルニール様は隠していらっしゃったけど、ご不在の時なんて本当につまらなかったもの」
「ほら、王様は他国への外交訪問が多くてお忙しいでしょう?こういっちゃなんだけど、大臣達も王子お一人いないだけで公務が進まずに大変だったそうよ」
「国の象徴だもの。やはり王子は青の聖国に居て下さらなくては」
彼女たちの会話をじっと聞きながら、ディアナは“ラセイン王子”の姿を思い出していた。青い正装に身を包んだ美しい姿。強く、聡く、優しいひと。大勢の人間に囲まれ、信頼され、従わせる、生まれながらの王子。
「……魔法の国の王子様。綺麗なお城の、立派な玉座が似合う人だわ。──森の小さな家じゃなく」
小さく呟いて、ディアナはそっと部屋を出た。いつも控えてくれている部屋付きの侍女は夕食の準備にでも行ったのか、席を外していて。珍しくも誰にも見とがめられる事無く、するりと廊下に出た。
彼女は知らない。侍女達の話に続きがあった事を。
「……ねえねえ、どう思う?女神様はセアラ姫のお客様だって言っていたけれど、あれはどうみてもラセイン様、メロメロよね」
「そんなの見てればわかるじゃない!あのラセイン様の態度!気を失われた女神様を抱きかかえて運ぶお姿なんて、まさにキャー!伝説の再来!」
「絵になっていたわよねえ。ちょっと悔しいけれど、でもお似合いだわ」
「いいじゃない、いいじゃない!今までどのご令嬢にもお優しいけど、誰一人特別扱いはしてこなかったラセイン王子がよ、あの甘い瞳と言葉!」
「私なんてラセイン様に『ディアナの様子はどうですか』って一日に10回も聞かれたわよ」
「セアラ様付きの侍女なんて、お二人のすっごいキスシーン見ちゃったとか言って氷の魔法に頭突っ込んでたわよ」
「キャアア何それ尊い〜!!」
「「「メロメロよねぇ……」」」
うっとりと夢見るように話す年頃の乙女達は、このあと侍従長に叱られるまで話に花を咲かせていた。
*
もうすっかり暗くなった中、魔法の明かりが灯された長い廊下を歩く。
城内はひっそりとしているが、穏やかな優しい空気に包まれていて、冷たい感じは無い。時折持ち場を離れてディアナに寄ってくる精霊も居て、挨拶するようにキラキラと光を零して少女の笑みを誘った。この国に来てから、こんなにゆっくりと城内を散策する事は無かったが、どこもかしこも美しい。
「ここで──セイが育ったのよね」
彼なら、きっと子供の頃から輝くばかりに愛らしかったことだろう。絶世の美貌を誇る姉姫と、宴で遠くから見ただけの国王夫妻もそれは素晴らしい容姿をしていた。
姿形だけではなく──セインティア王国は世界でも治安は格段に良い方だ。王の外交能力の高さと、冷静で的確な政治的判断も高い評価を得ている。国内の公務の多くを任されている王子の手腕も並外れて高い。小さい島国だからこそなのか──騎士団の結束も、国民の愛国精神も他国に比べれば圧倒的に強いのも知った。それは、王家が愛されているからなのだ。国民が皆誇らしげにしていることからもよく分かる。
「だから……私が独り占めすることなんて、できないわね」
そう呟いて、大きな窓の傍まで来ると少女は足を止めた。その時。
「ディアナ?」
セイがそこに居た。




