運命のひと
輝く退魔の剣フォルレインを手にし、魔族を斬り捨てて毅然と佇む美しい少女。
その奇跡を目にし、王城に居た全ての者が、その瞬間に同じことを思った。
──月の女神の再臨。
「……うわあ、ウチの王子様さすが。すごい子に惚れちゃった」
いささか緊張感の無い、しかもやはり主君寄りな感想ではあったが、アランと同じようにその場に居た人々も皆、彼女を目にして心に浮かんだのは、セインティアの崇拝する女神だった。
セアラ姫は「やっぱり……」と呟いて口元を押さえる。衝撃にふらついたその身体を、咄嗟にアランが支えた。
そして誰よりも。セイはディアナの姿をただ見つめていた。
初めて彼女を見つけた時のように、高鳴る心臓を抑えきれない。自分にこれほどの熱があったのかと思うほど、彼女を求めて目が離せない。
今すぐに、彼女の足元にひれ伏したい騎士の心と、この腕に捕らえてしまいたい欲求が身を焦がす。
──ディアナ。あなたはやはり、僕の運命のひとだった。
ディアナに斬られた額を押さえて、タクナスが口を開く。
「なあんだ、アルティスの秘石じゃなかったのか。まさか月の女神とはね。とんでもないものを目覚めさせちゃった……。僕のものにならない?女神。共に世界を手中に収めよう。その力さえあれば」
──“ダンッ!”
伸ばされたその手が女神へと触れる前に、それは靴先で床に踏みつけられた。容赦無く、ギリっと文字通り捻り潰される。
「闇に還るがいい、魔族」
タクナスが見たのは、冷たい瞳で見下ろす、聖国の王子の姿。
「王子さまってばヤキモチ焼き。ふふ、またね」
女神から退魔の剣が振り下ろされる前に、ニヤリと笑って操心の魔族は闇に溶けて消えた。
──あまりに突然終わった狂騒に、人々は茫然としたまま。そこに立つ、美しき女神に圧倒されて、誰も一言も発することができない。ただ、ひとりを除いて。
「……ディアナ」
振り返ったセイが彼女を呼ぶと。そちらに向けたディアナの顔が──ふわりと微笑んだ。
それが、女神から少女へと戻った瞬間だった。
「セイ……」
囁くように呼んで。そのままディアナはゆっくりと彼へと歩み寄ろうとし──ゆらり、と身体が揺れた。一気に力が抜ける。
「──っ」
目を見開いたセイが床を蹴り、ディアナへと手を伸ばした。その腕の中へ倒れこみ、彼女は再び目を閉じる。
(私、どうなっちゃったのかしら……)
「ディアナ、ディアナ、ごめんね。ボクがちゃんと……」
イール?どうしたの、泣かないで。
そう言いたいのに、口を開く事も出来ない。考えることすら身体が拒む。
自分のものではないかのように動いた身体。あの瞬間は魔族の視線、魔法の気配一つも全て手に取るようにわかった。けれど今は全身から力が抜けて、ただ眠りたい。
力を振り絞って微かに開いた目に入ったのは、煌めく水色の宝石。
セイ。彼の瞳がすぐそこにある。それだけで安心した。
ディアナの指に絡められた彼の指が、ギュッと彼女の手を握る。額に触れた、柔らかな唇の感触。
「もう大丈夫ですよ。ありがとう、ディアナ」
愛おしむように響く、優しい声──。
暗闇に落ちるその直前、セイの腕の温かさだけを感じていた。
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「ボクは知ってた。ディアナが月の民の末裔だってこと。それだけじゃない、ボクはあの子にたくさん隠し事をしてきた。ちゃんと話していれば良かった。そうしたらもっと自然に覚醒できたかもしれないのに」
セアラ姫の私室で、イールは俯いていた。落ち込んだその様子に、姫君は慰めるようにその羽を撫でる。
「仕方ありませんわ。あなたはあなたなりにディアナを護っていたのでしょう?」
「違うよ!ボクはズルいんだ。ディアナが月の女神と知ったら、ますますセイと絆を深めると思って。あの子が離れていくのが嫌で。だってボクにはもう、王子の様にディアナを護れない……」
言いよどんだイールに、セアラは怪訝な顔をした。
「……どういう、意味?」
それから長い時間、白い鳥と聖国の王女は語り合っていた。
そして──イールは決心したように、セアラ姫へと口を開く。
「お願いがある。聖国の王女。魔導大国の第一級魔導師セアライリア」
金の薔薇と称された美しい姫君は、その日、女神の相棒と秘密の約束を交わした。
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