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月の女神  作者: 実月アヤ
第一章 月の女神
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境目での邂逅

**


 苦しさが消えたのは、優しい青い光が溢れた瞬間だった。


 「ここは、どこ?」


 気がつくと真っ暗な闇の中、ディアナは独りで立っていた。周りの景色も、自分の足元すらも何も見えない。


「まさか死んじゃった……なんてことはないわよね」


 意識を失う前、イールの泣きそうな声が聞こえた。大事な相棒は、ディアナをすごく心配していた。

 ディオリオと暮らすようになってからずっと一緒だったイール。ディアナの兄であり、弟であり、相棒であり、友である彼が、悲しむのは嫌だ。


 それに……セイにも、もう逢えないのだろうか。あのアクアマリンの瞳には、もう見つめてもらえないのだろうか。

 そう思ったら、また違う痛みが胸に走る。


“ディアナ”


 ディアナを呼ぶ、あの優しい声を思い出して、少女はたまらずに走り出した。


「ここから出して!誰か、誰か居ないの!?」


──セイ。

 彼は無事だろうか。魔族にもし──傷つけられるようなことがあったら。


 魔物に相対しても恐れなどなかったのに、途端に心細くなる。

 そのとき。


「こんなところまで来てしまったのね」


 柔らかな声が降ってきて、銀色の光がディアナを包み込んだ。キラキラと輝くそれは、温かくて優しい。初めて聴く声なのに、無性に懐かしい気持ちになる。

 目の前にうっすらと形どられたのは、微笑む女性の姿。曖昧な輪郭でもその美しさはわかる。銀糸のような流れ落ちる髪に飾られた紫水晶の瞳だけは、はっきりと見えた。

……記憶の彼方の母に似ている。


「私の力を継ぐ娘──月の女神の末裔」


 その女性から告げられた言葉に、ディアナは目を瞬かせた。


「月の女神……?」

「そう。あなたの母も同じ。あなた達は古き時代に地上に降りた、私の力を分け与えた者の子孫なのよ。今ではもう、血も力も受け継ぐ者はほとんど居なくなってしまったけれど……」


 セインティアの伝説、もしくはただのお伽噺ではなかったのか。セイの比喩ではなく、本当にディアナが女神に連なるものだったとは。

 だからだろうか。月の女神の造りしセインティア王国が、ひどく懐かしいのは。青の聖騎士の末裔であるラセイン王子と、惹かれ合ったのは。

 女神が優美な腕を上げた。


「ここは生と死の境目。無理な魔法を受けて、迷い込んでしまったのね。戻るのです、青の王子のもとへ。あなたは月に還るにはまだ早い」


 ディアナによく似た柔らかな声が笑みを含んで言う。


「あなたにはまだ生きるべき道が続いている。……護りたい人が居るのでしょう?」


「──はい」

 剣を取り、彼の隣に立つ。それが、わたしの道。


 少女の答えに頷いて、女神はふわりと微笑んだ。優美な指先がすっと上がって一点を指す。


「迎えが来ているわ──さあ、行って」


 柔らかな輪郭が溶けて消えた。別れの言葉もなかったが、不思議とまた会えるような気がして、彼女の指し示すほうへとディアナは歩き出す。


「──月の女神の娘よ」


 声と共に、ディアナの傍に青い光が溢れた。

 だんだんと現れたのは、青と水色の光が紡がれたような不思議な光彩の髪、金色の瞳。揺らぐ光と水に映る影の様に、幻想的な姿の美丈夫。人に似ているが、人ではない。


「……あなた、セイの剣ね」


 剣に宿った精霊であり、剣そのもの。タクナスの魔法が放たれた時にラセイン王子を呼んだ、魔法からディアナを護ってくれた声の持ち主だ。


「私はフォルレイン。月の女神に作られ、青の聖騎士に贈られた退魔の剣。この声が聴こえるのも、姿が見えるのも、我が主以外では貴女が初めてだ。月の女神の娘──いや、ラセインにとっては、貴女こそが月の女神だな」


 ふわりと揺れる精霊はひざまづいてディアナの手をとると、その甲に口付けた。


「我が主の女神は、私にとっても女神。貴女を迎えに来た。ラセインの元へ還すために」


 彼女を見つめる愛おしげな瞳は、セイと重なって少女に注がれる。

 フォルレインは主と同調するのだ。ラセイン王子の愛おしい存在は、彼にとっても同じ、何よりも護るべきもの。

 ただ精霊であるがゆえに、言葉を取り繕うこともなく、望みに正直な彼は、セイよりも遠慮無くディアナに触れた。抱きしめるように少女を包み込む。


……女神の相棒が見たら、怒り狂うに違いないが、精霊なのだから大目に見て貰いたい。……ラセインにバレたら、それはそれで煩そうだが。


 彼の思惑など気づかず、ディアナはただ精霊に包まれているとしか思っていないために、そのままにさせていた。それは彼女が自分を──彼の主であるセイを信頼しているからだと知り、精霊は深く微笑む。


「我が主と、我の傍に居てくれ。戦いの女神よ」


 ディアナは頷いて、まっすぐに前を見つめた。


「ええ。還りましょう」


──彼の元へ。

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