義父・ディオリオ
「おやおや、こりゃあ……」
ディアナの義父、ディオリオ・アルレイは実年齢こそ40代後半だが、年齢を感じさせない堂々とした体躯と、無精髭に隠されているものの端正な顔立ちに色気を漂わせた美丈夫で、きっと都会に居れば世の女性にさぞ人気だろうと思わせる男性だ。実際、昔は色んなご婦人方と浮名を流していたという。
しかし今の彼は、セイを見た瞬間からパカンと口を開けたまま。
「どうしたんスか、こんなところに」
「あなたが隠居したから遊びに来いって言ったんじゃないですか。まさかアディリス王国とは思いませんでしたけれど」
「いや言いましたけどね、ホントに来るとは」
彼の呆けた顔に、セイが書面を突きつけた。ディオリオから彼宛に届いた手紙だ。
「『ヤッホー元気?うちにすっげえいいもんがあるんだけど。もしかして例の魔法もなんとかなるかも?見せてあげるから、ちょっくら来ちゃえばー?』……こんな手紙を寄越されたら、旧知の友であり弟子からしたら、大人としてのダメさ加減を叱りたくなるでしょう」
青年に言われるが本人は全く堪えていない。じとりと半眼で見てくる彼をディオリオはあっはっはと笑い飛ばした。その文面でよくも義父を頼って来たものだと思う。手紙にも何故か几帳面に赤色でいろいろと訂正を書き込んであった。
『時候の挨拶からやりなおし』……確かに大人としてダメすぎた。
しかしそれ以上に、ディアナはいつも豪快な義父が敬語で喋っていることに疑問を覚えた。どうみても年下の彼に、何か気を遣っている。訝しむ娘に気づいて、ディオリオはお茶を入れてくるように頼んで、その場から外させた。
二人きりになると、彼はセイに向かって礼を取る。先ほどのふざけたやり取りなど一切なかったかのような、洗練された動きで、最上級の敬礼を。
「ご無沙汰をしております、ラ……」
それを遮るように、セイは首を横に振った。
「今は昔馴染みの剣の先生に会いに来た、ただのセイです。敬語も要りませんよ。あなたも、ここではただのディオリオでしょう?──セインティア王国のアルレイ元将軍」
ディオリオは瞬きをして、それから笑い出した。
「そうだな!もう俺は国を出ているし」
師と弟子であった頃の気安さで笑みを交わし──セイはふと扉の方を眺め、その向こうに消えて行ったディアナのことを問う。
「しかしあなたに娘がいたとは知りませんでした。養女と聞きましたが」
「ああ、ディアナは兄の子だ。先だっての戦で兄夫婦が揃って亡くなってしまったので、俺が引き取った。……ん?」
ディオリオはセイの顔をじっと見つめた。彼は視線から逃れるように顔を逸らす。
「……あの子は可愛いだろう。惚れたか」
「……おかげさまで。まんまと魔法を発動させたあげく、我を忘れていきなり求婚してしまうほどには。もしかして、彼女を僕に会わせることが目的でしたか?」
青年の言葉に、ニヤリと返された笑みが答えだ。
「いやあ、俺も老い先短いしさ。可愛い娘に玉の輿でもと」
「宮廷から出たあなたが、娘を玉の輿に乗せたがるとは思いませんね。僕達のやっかいな体質を知っていて呼びつけるとは性格悪いですよ、ディオリオ」
で?というディオリオに、セイは溜息を吐く。
「怒らせてしまいました。からかっていると思われたようで」
「わははは、ばっかじゃねえの?女の口説き方なんて散々教えてやったじゃねえかよ」
「……浮かれてしまったんですよ、つい。まさか本当に、自分がこんな気持ちになるなんて思いませんでしたから。それにあなたの娘に普通のアプローチが通用するとも思えません」
ディアナには淡々としているように見えたその実──セイは必死で自分の感情を抑えていたのだ。
一目会ったその瞬間から、魔法の発動を感じた瞬間から、彼女の瞳に映りたくて、彼女の声が聞きたくて、彼女に触れたくて──その欲が湧き上がるのを必死で抑えて、隠していた。
「──あなたは、彼女が僕の運命の相手だと知っていたのですか?」
アクアマリンの瞳が、自らの腰に下げた剣に向けられる。美しい装飾の柄に触れて、それをなだめるように指先で叩いた。剣を振るうディアナの姿を思いだして、胸の奥になんとも言えない感情が沸き起こる。
「気づいたのは、最近だ。だからこそ、会って欲しかった。お前のためにも、あの子のためにも」
ディアナをセイに会わせたかったらしいディオリオの思惑は理解した。
しかし娘とはいえ、あんな可憐な少女に元将軍が剣技を仕込んでいること自体、異様だ。彼女の剣技は生半可なものではない。魔物退治を一人でこなしてみせるなど、普通の男でも難しい。
他にも理由があるでしょう?と問われて、ディオリオは驚くほど優しい瞳でセイを見た。師であったときでさえ向けられたことのない表情に、セイは軽く息を飲む。
「あの子は……」
告げられた言葉に、金色の髪の青年は目を見開いた。