唯一の存在
魔族の手の中の光を見つめていたセイは唇を噛んだ。
あれは、ディアナに苦痛を与える魔法だ。治癒魔法といえど、潜在能力に関わるような刺激を与えるものなど耐性のない人間には毒に変わる。花を枯らしてしまう、強すぎる栄養剤のような魔法なのだ。
王子は酷く固い表情のまま、ディアナをセアラ姫とイールに任せ、立ち上がる。
「──“フォルレイン”」
セイが鋭く呼んだのは、剣の銘であり、そこに宿る精霊の名。何度も王子の名を呼んで、警告してくれた存在──相棒でもある。退魔の剣は彼の声に応えて、強く光り輝いた。
『ラセイン、あの魔族はまだ、娘への術を維持している』
セイだけに聴こえる精霊の声が言い、王子は小さく頷いた。精霊の声が聴こえずとも気配は感じるらしいタクナスは、その様子に目を細める。
「なあに、退魔の剣と内緒話なんて感じ悪いよ、王子様!」
その手が再び光を握り込む前に、セイが動く。ヒュッと風を切る音と共に、退魔の剣を振り抜いて、息を継ぐ間もなく一気に魔物に迫り──
“ズッ──”
「っぐあっ!」
タクナスの視界に金色の髪が映った瞬間には、セイの剣が深く彼の胴に突き立てられていた。その軌道さえ見えない鮮やかな剣技に、そこに居た人々はおろか、彼の騎士団ですら見惚れてしまう。
退魔の剣は魔物に触れた瞬間に、魔を灼き尽くす光を放ち、その命を喰らおうとする。魔族の身体には流れる血も無いが、その光にジュウジュウと煙が上がった。セイの美しい水色の瞳は、大切な少女を害されたことで、普段とは違う冷徹な色を浮かべてそれを無感動に見つめる。
「さすが王国一番の剣の使い手。痛い、じゃないか!!」
しかしタクナスは剣先から無理矢理に身体を引き抜いて、一歩後ろに跳んだ。その手を強く握り込む。
「だけど、その娘は僕の手の内だ!」
──その場を切り裂くような、少女の悲鳴が上がった。
「──やめろ!」
セイが顔色を変える。
『ラセイン、私が行く』
相棒の声にセイは迷わず従った。
「フォルレイン──ディアナを頼む!」
王子はその手の退魔の剣を、思い切り投げる!
剣は意志を持って飛び──セアラ姫に抱えられたディアナの傍の床に突き刺さった。そこから溢れるように精霊の青い光が溢れて、少女を包み込んでゆく。その様を茫然と眺めてセアラ姫は呟いた。
「……あなたまで認めているというの、フォルレイン」
本来なら精霊フォルレインが護るのは主であるラセイン王子だけだ。けれど今なぜかその魔法がディアナのために発動している。苦しげに漏れていたディアナの息づかいが次第に柔らかくなり、解き放たれるように意識を失った。
「この子は一体何者なの」
アランと同じ問いを発した姫君に、イールが目を閉じる。
「ディアナは……」
「クソ」
ディアナを苦しめる魔法が通じなくなり、魔族は毒づいた。けれどセイを見てニヤリと笑う。今の王子は退魔の剣の加護が無い。どころか、丸腰だ──。
「ラセイン様!」
魔族の意図を感知したアランが走った。傍に居た騎士の剣を掴み、主へと投げ──それを受け取ったセイと、アランの剣が同時にタクナスの身体を刺し貫いた。魔族の身体を挟んで、主と従者は目を合わせ、一気に剣を引き抜く。衝撃に魔族の身体が床に吹っ飛ばされた。
「く、う。……やるねえ」
魔族の手には光の矢が生まれていたが、放たれる事無く消滅したようだ。
「でもね、こんなんじゃ僕は死なないんだよ。攻撃には強いんだ」
タクナスは確かに穴の空いた身体で、立ち上がり高笑いした。その不気味さに、その場の人々は戦慄する。
「この場で僕を殺せるのは──きっとあの娘だけだ」
──指差す先に、眠る少女がいた。




