番犬と魔族
主君の精霊の力に、ビリビリと張りつめる空気を感じて、アランは背中に冷たい汗が伝わるのを感じる。それはタクナスも同じだったようだ。
「ああ、その剣厄介だなあ……」
「そう思うなら、ウチの王子様怒らせないで下さいよ。ブチ切れ精霊を感知すんのキツイんスから。代わりに俺達がお相手しましょう?」
王子の側近の言葉に、魔族は口の端を上げた。
「どうせ遊ぶなら可愛い女の子がいいよ。王子の犬なんてつまらない」
「そんな事言わずに。ね!」
アランの言葉が終わる前に、近衛騎士達が飛びかかった。しかし魔物はひょいひょいとその剣を避けて、騎士達に魔法の塊を叩き付ける。数人は堪え、受け止めきれない者が広間の端まで吹っ飛んだ。魔物はその様に笑い声をあげる。
「世界一の騎士団の名が泣くよ!」
「そりゃ困る」
タクナスの耳元で声がした。
ハッとして、魔物は目の前に迫るその剣を避けたが、それを許さずに、アランが剣を握ったまま返した拳を叩き付ける!ガツッと大きな音を立てて、それはタクナスの頬にめり込んだ。
「痛ったぁ!!少しはやるもんだね、わんちゃん」
魔物が頬を押さえてうめくと、アランはにっこりと笑った。
「何せ世界一の騎士団ですからぁ?」
しかし魔物はニヤリと笑って、その手に魔法の光を作り出した。それを握りつぶすように力を込める──と。
「ッ……!あ、っく……!!」
もがき苦しむ様に荒く息を吐いたのは、王子の腕に抱えられた少女だ。
「ディアナ!」
セイが少女の様子に息を飲んだ。
──しまった!
魔族が手にした魔法がディアナに作用していると気づき、アランは下手に動けなくなる。周りの部下達にも剣を引くよう合図した。
「ふふ。お利口さんだね、王子の犬は」
タクナスがその手を見せびらかすように差し出す。赤い光が手のひらから溢れ、うねるように形を変えていく。
「──っ!」
更に少女が苦悶の表情を見せた。
「ディアナ!」
セイがその様子に彼女を抱きしめる。セアラの顔を見るが、姉姫は蒼白な顔色のまま、首を横に振った。王子はタクナスに詰問する。
「彼女に何をした……!」
王子の剣幕に、魔物は楽しそうに嘲笑った。
「傷つけたりしてないよ。むしろ彼女の潜在能力を覚醒させる、回復魔法の一種さ。感謝してもらいたいくらいだけどなあ。まあ無理矢理やると、下手したら壊れちゃうかもしれないけどね?彼女もしかして、アルティスの秘石の持ち主かな。僕の探してる宝なんだけどさ」
「──やめろよ!!ディアナはそんなんじゃない!壊すな!!」
叫んだのはイールだった。いつになく切羽詰まったその様子に、セイは彼の顔を確かめるように見る。
「……イール、何か知ってるんですか?」
その時、セイの剣が“吠えた”。
『──ラセイン!』
その声に、セイは咄嗟に手の中の剣を引き上げる。
「っ!」
キンッ──!と硬質な音がして、その決して軽くはない衝撃に耐えた。一同の隙をついたつもりか、タクナスから彼に向かって放たれた魔法の矢が、その剣の赤い光に弾かれたのだ。
「あーあ、やっぱり。王子への攻撃魔法はそいつに阻まれちゃうか」
魔族はつまらなそうに呟く。最初から当たると期待はしていなかった様子だが、手加減は一切無かった。もしセイの反応が遅れていたら、彼の美しい顔は焼けこげていたかもしれない。
「ちょっとちょっと!ウチの王子様の顔を狙うの止めてもらえます!?国内はもちろん諸外国の皆さん相手に、超お役立ちな商売道具なんですからね、それ!それに俺達の目の保養も兼ねた、人類至高の秘宝というか、最後の希望と言っても過言ではない、激レアものなんですからね!」
アランの半ば本気な野次に、そうだそうだと騎士達が続いた。ついでに広間の端に逃げていた他の貴族達もうんうんと頷く。
……聖国の王子様は非常に愛されているらしい。
「うるさいなあ、もう。わんちゃん達、吠え過ぎだよ。躾はどうなってるんだい」
タクナスは息を吐いて、手の中の光を弄んだ。




