操心の魔族
広間に驚愕と恐怖の悲鳴が沸き起こる中、アランは鋭く周囲を睨みつけた。王子の元へと駆けつけながら魔法の使い手を目で探す。
(誰だ)
逃げ惑う人々を落ち着かせるよう部下達に目で合図を送り、王子と少女を護るように囲んだ。王と王妃の安全は王の近衛騎士がなんとかするだろう。問題ない。それよりも、攻撃した者を引きずり出さなければ。
「癒しの魔法をかけるわ」
倒れた少女へ、同じく駆け寄って来たセアラ姫が手をかざした。しかし彼女の手から発せられた光はディアナの胸の上で消えてしまい、何も起こらない。王国最上位の魔導師である姫君が、眉を寄せる。
「これは……」
「何ですか、姉上!」
イールと同じように黙ってしまった彼女の様子に、セイが鋭く問う。セアラは傍まで駆け寄ってきたアランを見上げた。
「アラン……あなた、どう“見えた”?」
アランは自身は魔法は使えないが、魔法を感知する能力がある。それがどんなものか、どこから発せられたものか。だからこそ王族に向けられた悪意ある魔法などを、事前に防ぐ事が出来るのだ。
先ほどのあの瞬間、膨れ上がる妖術には気付いた。しかしそれは攻撃魔法などではなかった。だからこそ反応が遅れた。どちらかというと治癒魔法に近い──癒しの波動だったのだ。
「最初は、治癒魔法かと。それがまるで……強すぎる薬のように一気に濃度が上がりました」
危険だと察知したのは、それが魔法の矢となって放たれた直後だ。最初から攻撃魔法だったなら、この王宮内で退魔の剣を持つ王子が傷つくことなど、あり得ない。持ち主を危険から護るはずの王子の退魔の剣ですら、アランと同時に反応したのだ。
しかしディアナはそれよりも前から、魔法の発動に気付いていた。そのことに愕然とする。
「……彼女は何者なんだ」
「僕もそれを聞きたいんだよねえ!」
その場にひどく場違いな、朗らかな声が響き渡った。人垣がさっと分かれたその先から、悠々とこちらへ歩んでくる、一人の男。赤茶の髪に黒い瞳。否、それはもう真っ赤な光に変わっていた。正装した若い男──タクナスだ。
アディリス王国の王女救出を依頼した時は30代半ばくらいの男性に見えたが、今の姿は更に若く、アランと同じくらいの年齢ほどだろうか。もっともこれも仮の姿かもしれない。
「不思議な波動を持つディオリオの娘。君は何者?」
近づく魔族に、アランが騎士と共に剣を抜いた。背後でディアナを抱きかかえたまま、セイが退魔の剣を構える。しかしそんなものは目に入らないかの様に、タクナスはクスクスと笑って。
「せっかくディオリオを焚き付けてここまで来たのに、この城に隠されてた魔法は、僕の探してたものじゃなかったよ。まあ暇つぶしにはなったけど」
「何だと……」
その言葉にセイは憤りを隠せない。
ディオリオの痛みを利用して、ディアナまで苦しめたというのに。義父を救うために彼女は否定したが、両親を求めないわけがない。家族を取り戻せたらと、一番願っていたのはディアナだろう。
それをはっきりと否定して、現実をつきつけたのはセイだ。
間違いではなかったし、後悔も無い。けれど、傷つけたくは無かった。
彼女は強いから──強くあろうとしているから、彼の気持ちに沿ってくれたけれど。あの時、セイの後ろではなく、横に立ったディアナの手は震えていた。魔物の企みさえ無ければ、負わずにすんだ傷だったはずだ。
それを軽々と暇つぶしと言ってのけた、この魔物。しかしタクナスは嘲笑うだけだ。
「となるとさ、今度はその娘が気になってくるんだよね。帰って来た王子様よりも、残して来たその子からセインティアの魔法の香りがするなんてさ、おかしいじゃない?面白そうだからさ、待ってたんだ。使いを操って、王子様からの手紙はぜーんぶ握りつぶして、音沙汰無くしてやったわけ。そしたらディアナちゃんは王子に会いたくて、本当にここまで来ちゃうんだもん。けなげだよねえ」
微かな意識の中で、ディアナはやっと気付く。
セインティアに戻ってからの2週間、セイはディオリオに近況報告の手紙をくれていたのだ。よく考えれば、思慮深く律儀な彼が連絡を途絶えさせるはずもなかった。それをこの魔族に全て止められていたなんて。
「今のもそう。最初からその娘を狙っても避けられちゃうからね。王子めがけて射ったら案の定、庇ったディアナちゃんが魔法を浴びてくれた」
──ならば、狙いはディアナだったのだ。
手のひらで弄ぶように、彼にいいように動かされていたことに、その場にいた者達は皆怒りを覚えた。
「……操心の魔族、か」
セイが唸るように呟く。
魔法を使おうが使わまいが、この魔族が人の心を操ることに長けていることは間違いない。
彼の怒りに反応して、剣の赤い光が増した。




