ダンスフロアの姫君
姉姫と共に現れたディアナの姿に、セイは目を見開く。
「──っ」
そこに立つディアナは、剣を振りかざして戦う、いつもの彼女ではなかった。
アメジストの瞳に合わせた紫のドレスは、裾に向かうにつれ色濃く鮮やかな青とのグラデーションを描き、ゆるやかにまとめられ真珠で飾られた栗色の髪が柔らかく揺れる。白く細い首にも真珠のネックレスが飾られ、いつもは可憐なその顔は、化粧を施されて艶やかさを滲ませて。その姿はまるで朝焼けに残る月のように美しかった。
とどめとばかりに、さあっと舞い降りたイールが彼女の肩に降り立ち、純白の鳥をとまらせた美しい彼女の姿は、神聖な神の遣いの如く神秘的だ。
「おや、どこの姫君かな」
「なんと……美しい姫だ」
美貌の王族を見慣れているはずの聖国の人々さえ、ざわめき、見惚れた。
ゆっくりとセイが彼女に歩み寄って、その手を差し出す。
「お手をどうぞ、姫君」
「喜んで」
ディアナは嬉しそうに微笑んで、セイの手を取った。仕方なくイールはディアナの肩からセアラの腕へと移る。しかし周りに聞こえ無い程度にぼそりと呟いた。
「変な事したらただじゃ置かないからね、キラキラ」
「……はい、もちろん」
何か彼は誤解しているのではないか。変な事なんて今までもしていないのに。
自覚無しにセイはにっこりと頷いた。イールが顔を引きつらせているのは彼の心中が読めたからだろう。
「ほうら。わたくしったら良い仕事をするでしょう」
セアラ姫がぼそりと呟く。可愛いもの大好きな姉は、女性を着飾らせるのが趣味なのだ。女性に限らず──幼い頃は弟王子も漏れなくドレスを着せられる被害に遭っていたのだが。
姿形だけでなく登場の仕方といい、彼女が演出した事は間違いない。
「えぇ、姉上。感謝しますよ」
心の中でぐっと親指を立てあった。このロイヤル姉弟は非常に通じ合っている。
セイはディアナを引き寄せて、ゆっくりと広間の中央に進み出た。滑りだすようになめらかに、二人は踊りだす。その優雅さに王子は思わず少女に問いかけた。
「ダンスも姉上に?」
「二時間で急仕込みよ、このステップしか踏めないわ。……足を踏んだらごめんなさい。先に謝っておくわね」
やっといつもの可愛らしさを覗かせて、困ったように言うディアナにセイが笑った。
「上手ですよ」
時々もつれそうな足は、セイが巧みにリードしてくれる。加えて彼女のもともとの運動神経と反射神経のせいか、信じられないほど上手に踊れる。魔物をおびき寄せる目的と忘れた訳ではないが、だんだんと楽しくなってくる心は止められない。二人は微笑み合って踊り続ける。
いつの間にか二人の周りの人々は場所を空け、優雅に舞う王子と可憐な少女に見とれていた。
その様子を玉座から見ていた聖国の王と王妃は、深い微笑みで目配せしあった。
「まあまあまあ!ラセインのあんな顔を見るの、わたくし初めてよ。もしかしてあのお嬢さんが」
「間違いないな、アレは“見つけた”顔だ。今にも蕩けて四散しそうなデレッデレな顔をしているではないか」
「そうねあなたにそっくりね」
夫に鋭いツッコミをすかさず入れつつも、王妃はふふ、と楽しげに笑う。
「何だか思い出しますわ。あなたがわたくしを見初めた時のこと。下級貴族のわたくしを、いきなりダンスに引っ張り出して求婚して」
「……私は六回足を踏まれたがな。まあ愛しい我が妻のためなら、大した痛みではなかったがな。ひたすら困るそなたも可愛かったし!」
今でもたまに踏まれている事実を知る王の側近は、笑いを必死で抑える。玉座の二人は、あの日の王のように、恋に堕ちた幸せそうな笑顔を浮かべている王子を嬉しそうに眺めていた。
そして広間の隅では警備に当たっていた近衛騎士達は──上司であるはずのアランの襟首を掴んでガクガクと揺さぶっていた。
「た、た、隊長、アラン隊長!ラセイン王子があんな幸せそうに微笑んでいらっしゃいますよ!キラキラ三割り増しじゃないっすか、尊い……」
「ちょ、ちょ、なんスか、アラン隊長!王子のあの神々しいほどにとろける笑顔したご尊顔……尊い」
「ラセイン王子が一人のご令嬢を特別扱い……今日は祝賀か、国民記念日にするべきか!?」
「尊い……魔導録画機を!録画機を誰か……ちょっと魔導師んとこ行って借りてきて!?」
世界一の結束を誇る魔法大国の騎士団は──王家大好き人間の集まりだった。動揺が隠しきれない部下達に、アランはため息を吐きながら口を開く。
「落ち着け馬鹿者ども。ラセイン様の兄同然、幼馴染にして側近である俺に抜かりがあるわけないだろ」
「というと」
「すでに広間には魔導録画機を設置済みだ。我が君のスイートな初恋の模様を四方八方上下左右押さえてある!おにーさんは弟の人生の門出を全力で祝ってみせる所存だ!」
「「さすがアラン隊長ぉぉ、一生ついて行きます!!!我ら近衛騎士団、王子の幸せを護り通します」」
広間の片隅で行われていた騎士達の誓いを当人達は知らぬままに。
階段の上から弟と想い人の少女を眺め、セアラ姫は深く深く微笑んだ。




