宴の夜
その夜、フォルディアス城では宴が開かれた。
表向きには、ここ最近ラセイン王子がその手腕で他国と取り交わした、貿易協定の成立を祝うため。
彼はこれまでにも、自国の優秀な魔導師を世界各地へ派遣する──いわば魔法使いのレンタル制度によって、魔法大国セインティア王国そのものの価値を飛躍的に引き上げたのだ。
「いやあ、いつもながらお見事ですな。さすが世継ぎの王子」
しかし、国民に大層慕われている王子が舞踏会を開くとなれば、やれお妃探しかと煌びやかに着飾った年頃の娘達を引き連れ、貴族がこぞって出席した。
「あ~あ、皆様必死だな。どっからかフローラ姫との婚約不成立も漏れたし、どーにかして王子に自分の娘を娶らせたいんでしょうね~」
アランが皮肉気に言う。
セインティア王家の一目惚れの体質を知っている貴族達は、先刻から先を争うように娘達を紹介してくる。選ばれる恋の相手は、早い者勝ちではないというのに。
「それよりアラン、魔族の方を警戒しろ」
群がる貴族達をかわしたセイは、青の王子の正装で晩餐会にはふさわしくないであろう、退魔の剣を腰に下げていた。
「なにしろ派手好きの馬鹿者だそうだからな。必ず出るぞ」
その顔には『王子仕様』の優しげな微笑を浮かべたまま、辛辣な表現で油断なく辺りを見回す。アランはこっそり苦笑した。
この本性見たら、そこらの御令嬢は卒倒するんじゃないかなあ。……まあ、あの子なら大丈夫そうだけどさ。
「しっかし、良かったですねぇ、ラセイン様。こんなに早く運命の女性に出逢えて。魔法も使えないくせに、魔法使いになっちゃうかと心配しましたよ」
アランの言葉にセイは眉を上げた。
「どういう意味だ」
兄がわりの近衛騎士はニンマリと微笑む。
「だからぁ、下手したらいつまでもドーテぇ、あ痛っ!」
「アラン、下品」
おふざけの代償として、主君の冷たい一瞥と共に蹴りが飛んできた。地味に痛い。ディアナさんに言いつけてやる。
「酷いっす、王子!」
「お前のセクハラの方が酷いものだろう。よし、魔族が出たらちょっと心を操られてこい。少しは禁欲でもするが良い」
「嫌だなあ。これ以上ないくらい、一番の欲は抑えてるんですけど」
幼馴染との気安いやりとりに、さらりと混じった本音。従者の言葉に、ふと王子は視線を合わせた。
「……お前、もしかして本気なのか。あの方のこと──」
アランはただ曖昧に微笑んだ。主君が名を出さなかったことを良いことに、嘘をつくことなく誤魔化す。
彼の表情を見て、セイは戸惑いを口にしようとする。
「……だとしたら、僕は」
「あなたは幸せになって下さいね。俺も、あの方も、それが一番の望みなんですから」
主君の言葉を遮って、心からの笑みを浮かべる側近を見つめて、王子は息を吐いた。
「──お前だけは魔族にも操られない気がするよ」
「だと良いですけど」
アランが肩をすくめて答えたその時、人々がざわめいた。
「セアライリア王女のお成りです」
高らかに告げられる従者の声。
「おっ。“聖国の金の薔薇”のお出ましだ」
アランが愉しげに称し──その視線を上へ向ける。
広間へ続く階段の上に、セアラ姫が立っていた。国内外に“聖国の金の薔薇”と讃えられる、輝くような美貌の金の髪の姫に、会場のあちこちから感嘆の声が漏れる。むろん彼女目当ての若い貴族も溢れるほど来ていて、その熱のこもった視線が姫君に注がれるのを見て、アランは苦笑した。
──姫様の思い切りよすぎる本性を知ったら、どれだけの脱落者が出るのだろう。
聖国の美しき王女は、ニッコリと皆を見渡し口を開く。
「皆様、本日は弟、ラセイン王子のために集まって下さって有難うございます。今日はわたくしのお友達をご紹介致します」
王族が誰かを特別に伴うなどということは滅多にない。広場に集まる貴族達は顔を見合わせてざわめいた。
セアラ姫の後ろから、静かに進み出たのは──
「ディアナ嬢です」
さあ、存分に目立つといいわ、ディアナ。人々を魅了し、魔族がその存在に抗えず引きずり出されるように。
そう囁いて、セアラ姫は少女を光の元へ連れ出した。深く息を吐いて、その紫水晶がゆっくりと広間を見渡す。
──出てらっしゃい、魔族。私があなたを滅ぼしてあげる。
輝く光の下、ディアナは妖艶に微笑んだ。




