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月の女神  作者: 実月アヤ
第一章 月の女神
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再会

 常ならば控えめに響くはずのノックの騒々しさに、応答を迷ってセアラ姫の侍女たちが顔を見合わせる。もちろんこの部屋の主人が是と言わなければ誰一人扉を開けることなど許されない。しかし姫君は驚いた様子もない。


「ああら、もしや不甲斐ない弟君かしら〜」


 セアラ姫が面白そうに扉へ声をかけると、その向こうから焦ったように答えたのは。


「姉上、意地悪をしないで下さい!」


 セイの声。

 ディアナはドクン、と高鳴る胸を押さえた。指先が震えるのを感じる。先ほどの彼との再会を思い出して、きゅっと唇を噛んだ。


 また拒絶されたら、どうしよう……。


 護るためと聞かされても、それとこれとは別の心の準備が必要だった。


「どうぞ」


“バァンッ”


 セアラ姫の答えに被さるように派手な音を立てて扉が開いた。彼らしくもなく、やや乱暴に飛び込むように入ってきたセイに、ディアナは身を固くして立ち尽くす。侍女たちも目を丸くして王子の入室を見ていた。

 彼はいつもの穏やかな笑顔ではなく、固い表情を浮かべている。走って来たのか、少し乱れた髪も気にすることなく、かろうじて自分の手で開けた扉を後ろ手に閉めた。


「セイ、あの」


 ディアナは何を言っていいかわからない。先程まですらすら出ていた言葉も、今は真っ白だ。セイはそんな彼女の様子など構わず、真っ直ぐにディアナへと駆け寄り、


──その細い身体を抱き締めた。


「ディアナ……」


 ディアナの栗色の柔らかな髪に顔をうずめ、彼女の名を呼ぶ。その声は別れたあの時と同じ。


「セイ……」


 彼の腕の中で、ディアナは息苦しさを覚える。抱き締められた力の強さだけではない。会えた喜びと、先程拒否された時の横顔と、彼が目の前で消えたあの切なさを思い出し、胸がぐちゃぐちゃに詰まって苦しい。


けれど。


「逢いたかった」


 たった一言で、彼はそのすべてを今この瞬間の嬉しさに変えてくれた。


「おかしいですよね、たった2週間なのに……。あなたを初めて見つけてから話をするまでの半年よりも、この2週間の方がずっと辛かった」


 ディアナの隣で、彼女の心に触れた時間は、何よりもセイにとってかけがえのないものになっていたのだ。

 今まで当たり前のようにして来た公務も、民に振りまく笑顔でさえも。彼女が傍に居なければ、どこか心に空しさを覚えて。

 もちろんあのまま永遠の別れにするつもりなどなかった。別れ際の彼女に手が届きそうだったから余計にだ。

 魔族とのことにカタがついたら改めてディアナを口説き落とすつもりで居た。


けれど──


「僕は自分で思っていたより、あなたに堕ちていたようです」


 熱を込めて耳元に囁かれて、少女はぎゅうっと胸が締め付けられる。


 どうしたら、伝わる?同じ気持ちだと。言葉よりも、もっと──。


 ディアナは彼の背に手を回して、抱き締め返した。その胸に頬を寄せて、精一杯愛おしさを込めて。

 微かに息を吞む気配がして、ますますセイが腕に力を込めた。


「ラセイン様~?ディアナさんが潰れちゃいますけど」


 それまで黙って見ていたアランが、ニヤニヤと笑って言う。視界の隅で顔を赤くした侍女たちが何か言いたげに、うずうずと両手を組んで楽しそうにしていた。セアラ姫も扇の陰で「あらあらあら」と呟く。


「あっ!あの、離してセイ、皆が」


 皆に見られていたと思い出して、ディアナは真っ赤になって慌ててセイから離れようとするが、彼は少女を抱き締めたまま、じとりと従者を睨んだ。


「ここは気を利かせて出て行くところだろう。僕の側近なら主人の希望くらい汲み取れ、うつけ者」

「え?」


 初めて聞いたセイのそんな言葉遣いに、びっくりしてディアナは顔を上げた。しかし打って変わってとろけるような笑顔で、王子は彼女を見つめる。


「痛かったですか?大丈夫?」


 彼の変貌にアランは顔を引きつらせた。


「いっそ清々しい程の差別ですよ、我が君!」

「仕方ありませんわよ。アランたらラセインの気を紛らわすためとか言って、寝る間もない程に仕事を詰めたでしょう。いわば反動ね。わたくしも気を利かせるべきかしら、ラセイン」


 セアラ姫までもが溜息を吐いてそう言い、イールが目を剥いた。


「ボクは絶対出て行かないからね!そこのキラキラがディアナを泣かせたこと、まだ怒ってるんだから。二人きりになんてさせないからね!」


 しかしセイはイールを見つけて顔を輝かせた。


「あなたも来て下さったんですか、イール」


 ロイヤルスマイル全開の彼に、イールはウッと声を詰まらせる。こんな歓迎モードだと思わなかったのだろう。


「キ、キラキラだからっていい気になるなよ!!」


 動揺を隠せないままぷいと横をむく鳥に、アランは笑いを隠しきれない。

 ちょろい。ちょろすぎる。うちの王子様自覚があってもなくてもタチ悪いのに。

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