王子の姉姫
「ご説明しますから、こちらへ」
彼はディアナを連れ、廊下を進んだ。金の装飾をされた白い扉の前まで来ると、不安そうな彼女へ力付けるように言う。
「こちらの方は、必ずあなたの味方になってくれる方です。えーと、ちょっと性格はぶっ飛んでますが、良い方ですよ」
「アラ~ン?聞こえていますわよ」
扉の向こうから、鈴のような女性の声がした。しまったという表情で、アランは取手に手を掛け、重厚な扉を押し開ける。
「失礼します。セアライリア王女殿下」
「……わ」
ディアナは思わず目を見開いた。
そこに居たのは、絶世の美女。滝のように流れ落ちる金の巻き毛と、金の扇のような睫に縁どられたアクアマリンの瞳。長く伸びた手足、肌は透き通るように白い。ディアナが清楚で凛とした百合ならば、彼女は大輪の薔薇だった。
そしてその美貌は──ラセイン王子に良く似ている。何よりも微笑みが。それだけで、ディアナはこの姫に親しみを覚えた。
美しい姫君は、パアッと笑顔を向ける。
「その娘がディアナね。わたくしはセアライリア。セアラと呼んでちょうだい。ラセインの姉よ。宜しくね」
「ディアナです。こちらこそ……よろしくお願いします」
姫の美貌に圧倒されたディアナに構わず気さくに名乗り、セアラ姫はアランを軽く睨む。
「そのよく回りすぎる口さえなんとかなれば、あなた今頃は騎士団長なのにね」
「ご冗談。この口のおかげであなた方の友人で居られるのですから。それに王子の直属補佐官と第一騎士団第三部隊長を任されてるだけで、俺もういっぱいいっぱいッスよ。残業代出ないし!有給無いし!」
「あらそれくらい大した事ないくせに。ラセインがアディリス王国に行っていた間、不在をうまーく隠していたのはだあれ?」
「えぇ~王子居なかったんスか?知らないなあ、俺最近は真面目に騎士団本部に詰めてましたしぃ」
二人の親しげな様子に、ディアナは驚く。先ほどアランは二人と幼馴染だと言っていたけれど、王族だなんて関係ないみたいで。
先ほどのセイの王子様っぷりに気圧されてしまった彼女には、アランの気後れのなさに羨ましさを感じる。それに──セアラ姫の遠慮のない物言いは、アディリスのフローラ王女を思い出す。セイが「あなたもか」と呟いたのはきっと、姉との相似を見たからだろう。
「……キラキラ姉弟」
ぼそっと呟いたイールに、セアラがパッと顔を輝かせる。ディアナの肩にいた白い鳥に目を留めて、にこやかに話しかけた。
「あら!素敵だわ、魔法の掛かった鳥だなんて。あなたお名前は?」
彼女の勢いに、イールはたじたじとなる。
「イ、イール」
「そう、イール。綺麗な羽をしているのね。触っても良いかしら」
「い、いいけど」
にこにこと微笑む聖国の王女には、彼も調子が崩れたのか、イールはされるがままになで回されている。その姿にディアナはついセイとイールのやり取りを思い出してしまって、
「最強」
隣でボソリと呟くアランに苦笑を誘われながらも、頷いて同意した。
ひとしきりイールをいじって満足したのか、アランから事情を聞いたセアラ姫はディアナへ向き直る。
「どうか弟を許してね。あの子は知らない振りをすることで、あなたを守ったの。あまり抱えすぎるなと言っているのだけど、全く不器用な子だこと」
姫君はアランと同じことを言って、手にした扇を頬に当てた。困ったように説明してくれる。
あの場には多くの家臣がいた。特に今日の会議はセイが目をつけた、反王政に傾きかけた重臣ばかりで行われている。もしかしたらあの中には、タクナスの息がかかった者も居たかもしれない。
「この国は平和な国よ。だけど謀りごとが皆無というわけではないわ。ましてや今は魔族が関わっている。ラセインはあなたを利用されたくないの」
「わかっています」
ディアナは真っ直ぐにセアラ姫を見つめ返した。話していれば、セアラ姫が弟王子をどれだけ信頼しているかわかるし、当然、セイも姉を信じているのだろう。彼はそんなセアラ姫にディアナを託してくれたのだ。
それだけで、その気遣いだけで、嬉しかった。
先ほどまで戸惑いを浮かべていた瞳は、今や強い意志のみを映して紫水晶が輝いていた。
「セレーネでもそう。セイは私を護ってくれようとした。自分から遠ざけて、独りでここへ帰って」
でも、と言葉を続ける。
「私は護られるだけでは駄目なんです。隣に立ちたいの。私だって彼を護りたい、共に戦いたい。──私は、そのためにここに来たんです」
ディアナの決意を目の当たりにし、セアラ姫は驚いた。
この可憐な少女は決してか弱くはない。護られる事を良しとせず剣を取る。むしろこの気迫は、伝説の戦いの女神のよう。強く燃えるような瞳に惹きつけられる。
セアラ姫は微笑んだ。
「ラセインがなぜあなたに恋をしたのか、分かる気がするわ」
青の聖騎士の血筋である彼らは、この国に残る伝説の月の女神を崇拝している。聖国の者にとって、月の女神は仕え、護り、支え、そのすべてを捧げる相手だ。ラセインが『月の女神に逢いました』と告げて来た時には、単に恋をした女性を例えた呼び名かと思っていたが──
いいえ、待って、もしかして……。
ふとディアナの紫の瞳を見つめ、セアラ姫は眉根を寄せた。セインティア王国の王女にして第一級魔導師という高い魔力を持った姫君は、その瞳を凝らした。
不思議な力を感じるのだ。ディアナの奥深くから。
近衛騎士に視線を向けると、彼は頷いた。セアラ姫の考えを肯定するかのように。
もしかして、本当に……。
何か思い当たりそうな気がしたが、そこへ慌ただしく扉がノックされた。




