信じられない言葉
衝撃的な言葉に、ディアナは茫然と金色の髪の青年を見上げた。
……けっこん?ケッコン?
──結婚!?
あまりにも自分に縁のない言葉で──いや彼女もそれなりにお年頃ではあるが、義父の過保護っぷりと森の奥深くに住んでいる為に、そういった言葉を耳にする機会も少なく──意味が浸透するまでに時間がかかる。
「……今、何て?」
「ですから、僕と」
「い、いいえ、いいです!言わなくて!」
思わず聞き返してから、これは聞いてはとんでもないことになると察した。慌てて手を振って彼の言葉を止めようとし、ディアナは馬上からずり落ちそうになる。
「危ない!」
セイがそれを抱きとめてくれて落馬は免れたが、その身体の近さに動揺してしまう。さらりと溢れて触れた金の髪がディアナの頬を掠めた。見ればセイは心配そうな顔をしているものの、慌てる彼女と対照的に、頬を染めるでもなく淡々としているように見える。たった今求婚した男性には見えない。
……もしかして、冗談?
残念ながらディアナに恋愛経験は無い。けれど彼女だって買い出しや魔物の退治依頼のやり取りで街へ行くことはあり、その先で知り合った異性に好意を向けられたことはある。ただ残念ながら義父のガードが固すぎて、彼らは誰ひとりその壁を超えることはできなかったし、ディアナも心を動かされる相手は今までいなかった。街に住む女達の恋の話を聞いても、微笑ましいとは思うけれど特別に羨ましいとは思わない。
けれどいま、この美貌の青年の言葉一つに翻弄されている。それを認めたくない。
真っ赤になった顔を押さえて、ディアナはセイを睨みつけた。
「からかわないで」
いい人だと思ったのに。こんな言葉を軽々しく言う人には見えないのに。
それとも初対面の女の子を口説くような人なのだろうか。信じられない。だってまだ、出会って数分だ。名前しか知らないのに。なんだか悔しい!
彼女の強い視線に、青年は困ったように微笑んだ。
「そうですよね。普通はこんなこと、信じてもらえませんよね」
それは『魔法』についてなのか。
それとも『一目惚れした』ことについてなのか。
少女には聞く勇気は無かった。けれどそう呟いたセイが、決してディアナを馬鹿にする様子ではなくて、どこか自嘲気味に呟いたので、戸惑ってしまう。
先ほどまでの怒りが急にしぼんでいくような気がした。彼を傷つけたのではないかと、謝りたいような気にさえなってしまう。
彼女の気持ちに気づいたのか、セイは自分の言葉を誤魔化すかのように小さく首を振った。
「あなたが怒るのも無理はありません。突然すぎましたよね。信じられないのも仕方のないことです」
不意に手綱を握っていた彼の手が、ディアナの手に重なる。
あ、と思う間もなく、それは一瞬で離れた。だから咎めることもできず。
「あの、セイ……?」
「信じてもらえるように、頑張りますよ」
だからそれは、何を?
一転してにこりと微笑む美貌の青年に、なぜか冷や汗が流れたディアナだった。