王子の側近
確認するとその場で待たされ、しばらくして門番は一人の青年を連れて戻って来た。丁寧に教えてくれる。
「この方は王子の近衛騎士だ。彼に着いていけば大丈夫」
彼の紺色の上品な服に銀色の簡易な鎧は見るからに他の一般の兵士とは違う。セインティア王国は土地こそ大きくはないが、魔法大国であると共に、世界一の結束を誇る騎士団を抱えている。そのうちの一人なのだろう。
濃い栗色の髪に、緑の瞳をした、なかなかに端正な顔の青年だ。
今はその瞳に楽しそうな色を浮かべて、にっこりとディアナに微笑みかけ、その手をとった。
「初めまして、美しいお嬢さん。俺はアラン・フォルニールといいます。ラセイン様の側近で、出世頭の23歳独身……あ痛てっ」
最後の悲鳴はディアナの手の甲にキスを落とそうとして、イールのくちばしに頭を突っつかれたせいだ。
「ここの国は揃いも揃って色ボケ野郎ばっかか!」
「いったあ〜ちょっと何もう酷いなあ」
アランはディアナの手を放してイールに口を尖らせたが、その目は笑っている。彼は門番に頷いてディアナとイールを王城に招き入れ、案内してくれた。
「ラセイン様の言った通りですね。──うちの王子様が、お世話になりました。あの人見た目は格好良いけど、不器用でしょう。正直あなたから来て下さって、ホッとしたんですよ」
姿勢を正した彼に、ディアナは好感を持った。主君の事を話しているというより、手間のかかる弟を語るお兄さんのようで。ふと口元が緩めば、彼が「ん?」と首を傾げる。
「いえあの……仲が良いんだなって」
ディアナの言葉に近衛騎士は照れ笑いをする。
「ラセイン様と、その姉姫とは幼馴染みたいなものなので」
その様子は柔らかで平和そのもので、彼女は気になっていた事を問いかけた。
「あの、操心の魔族は?」
「魔族は依然動き無しです。王子は連日公務と怪しい奴のいぶり出しに追われてますが……」
彼はふと言葉を止めた。大きな廊下に出たその先で、ちょうど扉が開いたのだ。会議が終わったところなのか、中からぞろぞろと重臣らしき人々が出てくる。その中に──輝く金髪の、美貌の青年が居た。
「……セイ……」
その姿に、ディアナはハッと息を呑んだ。
──その場の誰よりも、目を惹く。白い宮殿に、佇むその人。
深い青色に繊細な刺繍の銀の縁どりのついた、豪奢な衣装に身を包んだセイの姿は、どこからどう見ても『王子様』で。表情こそ穏やかではあるが、彼女に向けていた笑顔とはどこか違う──隙などない完璧な美しさを纏った、高貴な微笑み。
そこにいるのは、彼女の傍にいた優しいセイではなく──
「ラセイン、王子」
呟いて、ディアナはその場に立ち尽くした。
綺麗過ぎて、遠い。別世界の人のようで、声をかけてはいけない気がして。
「ディアナ……」
耳元でイールがそっと彼女を呼ぶ。心配そうな声はこれを予想していたのか。
「ラセイン様」
代わりにアランが呼び掛け、王子がこちらを見た。アクアマリンの瞳がゆるやかに側近を捉えて──彼の隣に居るディアナの姿に気付くと、驚きに目を見開いた。
その唇から零れ落ちた、名。
「ディアナ……?」
ただ茫然とする彼に、アランが眉を上げた。これほどに動揺する主君を見るのは初めてで内心おや、と思う。
ディアナを呼んだセイはというと、思わずといったように一歩踏み出し──しかし周りの家臣たちのざわめく声にハッとした。
「おやなんと美しい」
「王子のお客様ですかな?」
「──ッ」
セイは一瞬目を閉じて、手を握り締めた。振り切るように目を逸らして、口を開く。
「セアラ姫の客人です。アラン、その方を姉上のところへお連れしろ」
そのまま身を翻し、家臣を引き連れて行ってしまった……ディアナと目を合わせることなく。
「……なんだよ、あれ」
イールが小さく毒づいて、ばさりと羽を一振りした。少女は俯く。
……あんなにも、逢いたかった。逢って、話したかったのに。彼も待っていてくれるのではないかという期待は見事に潰されてしまった。
置いていかれたディアナは、小さくアランに問いかける。
「私、来てはいけなかった?」
彼の邪魔になったのだろうか。もう何もかも遅かったのだろうか。
その縋るような瞳に、アランは慌てて否定する。少なくとも、彼にはなぜ王子があんな態度をとるのかも分かっているし、姉姫へ託せと言われたのは『何よりも最優先事項だ』と命じられたも同然なのだ。
「違いますよ!今のは……あなたを守ったんです」
王子の心情を思って、溜め息をつく。
(本当に損な人だよな、うちの王子様は)




