青の聖国
光が消えると、そこはもう別の国だった。
「ここが、青の聖国……」
「へえ、綺麗なところだね」
ディアナは周りを見回して呟く隣で、イールが素直に感嘆の声を漏らした。
白く輝く壁の美しい街並み、そこかしこに感じる風や緑の薫り。豊かな森と湖を持つ、セインティア王国。光舞っているのは、精霊だろうか。人がたくさん住んでいる街にも、当たり前の様に精霊が居る。その力も強い。周りには剣を持つ者もいるが、魔法大国らしく杖を持ちローブを着た魔法使いもたくさんいた。
アディリス王国とは全く違う様子に、ディアナはただ驚いた。そんな彼女の髪に、キラキラと光が舞い落ちる。
「お嬢さん、精霊に好かれてるね」
転送門は街の入り口のそばに設置されていた。何人かの兵士と魔導師が居るが、危険な魔物やセインティアに敵意を持つ者が侵入すれば、その場で捕獲できる検問を兼ねているらしい。彼女を問題無しと判断した兵士は、ニコニコと言う。
「ここは人懐っこい精霊が多いけど、旅人にいきなり纏わり付くなんて珍しいんだよ」
そう言えばアディリスでも数少ない精霊が彼女に寄って来ていた。
「ディアナに、ようこそって言ってる」
イールが精霊の声を聞いて伝えてくれた。
「歓迎してくれるの?ありがとう」
ディアナは精霊達に微笑んで、歩きだす。門の先から続く大通りには屋台も広がっていて人々は活気に満ち溢れていた。店員も気さくに声を掛けてくる。
「お嬢さん、べっぴんさんだね!ウチの王様一家に負けてないよ!」
「王様一家?」
その声に気を引かれて、そう言った店の男に問い返した。男は誇らしげに語り始める。
「お嬢さん、旅行者かい?ウチの国の王族は全員そりゃもう夢のようなお美しさなんだよ。特に聖国の太陽って呼ばれてる世継ぎの王子様は、すっげえ美男子な上に政務にも熱心な立派な方でね」
「王子様……ラセイン殿下?」
まさに心に想っていた彼の話題に、ディアナは高鳴る胸を抑えて聞き返した。店員はにかっと笑う。
「お、知ってる?やっぱり若い娘さんなら王子様は憧れるか!そう、かのお方は王太子殿下だってのに城の皆に慕われててな。親しみを込めて“ラセイン王子”って呼ばれてるのさ」
向けられた視線の先にひときわ美しい、白壁と青い屋根の城。あれがセインティア王国、フォルディアス城だ。
──あそこに彼がいる。
*
「来たか」
城の奥で、タクナスが嘲笑った。
*
門前まできて、ディアナは途方に暮れた。
どうすれば入れてくれるのだろう。一般庶民が簡単に入れる訳が無い。ディオリオの娘だと告げる事は出来るが、王と仲違いした元将軍の名を出して良いものか迷った。
「イール、どうしたら良いかしら。事前に何にも連絡していないし」
勢いだけで来てしまった。少なくともフローラ姫やディオリオから連絡してもらうべきだったと、今更思い当たる。
相棒は溜息をついた。
「キミって警戒心ある割に、たまに後先考えないとこあるよね」
「そ、そうよね。ごめん……」
彼女の困惑顔に、イールが羽を広げたが、城壁を見て畳んでしまう。
「城の上にも魔法の防護壁だ。さすがに魔法大国、空からでも忍び込むのは無理だよ。ふつーに言ってみれば」
相棒は門兵を指し示した。なるほどと彼女はそちらに近づく。
「あの、私……セイ、いえラセイン王子にお会いしたいんですけど」
「ん……ん!?」
門番は何気なくそちらに目を向け、そこに居る美少女に問われたことに気付くと、真っ赤になりながらも答えた。
「えー、ゴホン。身分を証明するものはお持ちか?」
「身分……」
ディアナは困り果て、ふと思い立ちフローラ姫が持たせてくれた小さな荷物を開ける。路銀と、赤い石のついた指輪が入っていた。取り出すと、石を取り巻くように竜の装飾が入っている。
「おや、それは……」
門番が目を留めて見せるよう促した。彼女の手から指輪を受け取って、鑑定魔法で本物であることを確認する。
「アディリス王家の紋章ではないか」
「!」
王家の紋章入りの持ち物を託されたということは、王族に信頼された者だという、確かな身分の証だ。
(ああ、フローラ姫、こんな大事なものを持たせてくれるなんて)
ディアナはフローラ姫に感謝し、門番へ向き直った。
「私はアディリス王国から来た、ディアナと申します。どうかラセイン王子に、お目通りを」




