王女様の裏技
一度決心をすれば、不思議と大胆になれた。
ディアナがイールと共に訪れたのはアディリス王国の王宮──ジェイドに青の聖国への転移魔法を授けてもらうためだ。
なにせ西の島国、セインティア王国は遠い。アディリスの港町から船で3日、セインティア王国の港町から王都までは更に馬で2日ほどかかる。操心の魔族がどうして居るかわからない以上、あまり悠長にしていられない。
「わかった。さすがに王城に直接飛ばす事は出来ないが、城下街に外部からの転移を許可された門がある。そこに送ろう」
事情を聞いたジェイドは、あっさりと協力を申し出てくれた。ディアナの方が戸惑うほどに。
「……いいの?お願いしておいてなんだけれど、簡単な魔法ではないでしょう?」
彼女の問いに、ダークエルフは微かに照れた表情を見せた。
「お前達のおかげでフローラと居られる。感謝の証だ。それに青の王子にはお前がついていたほうがいい。タクナスは手ごわい相手だし、お前の力が必要になる」
「私のチカラ?」
あんなに強いセイに、ディアナなど必要なのだろうか。首を傾げる彼女に、ジェイドの隣でフローラ姫がクスクスと笑って頷いた。
「剣の腕だけではありませんわ。好きなのでしょう、ラセイン様のことが。気持ちを告げに行くのでしょう?」
「え……っ」
指摘されて息を吞んだ。つい赤くなる顔を咄嗟に隠す。けれど、結局ディアナは頷いた。自分に正直な姫君の前で、嘘はつきたくない。イールがくちばしを更に尖らせたが、気がつかなかった。
「私は……彼が好きです。セイはちゃんと私に向き合ってくれた。だから私も彼に、ちゃんと伝えたい。今更遅いかもしれないし、身分違いも甚だしいかもしれませんが」
彼女の言葉に、フローラはにっこりと笑って答える。
「ラセイン王子は簡単に心を変えるような方ではないでしょう。それにね、セインティアの魔法は残酷かしら。女である私にはそうは思えないの」
王女の言葉に、ディアナが意味を図りかねて首を傾げる。にっこり、がニヤリに変わった気がした。
「一目惚れをして、そしてその相手と結ばれなければ命を失う。言い変えれば、次期王たる彼が選んだ恋は、誰にも阻む権利が無いということよ。王に死なれちゃ困るでしょう。身分なんてどうでも良いことよ」
彼女の言葉にイールが目を剥いた。
「……凄い解釈だね、お姫様」
彼女の言葉に驚いたまま、ディアナは首を傾げる。
「そう、ですね?」
「そうよ。だからあなたは堂々としていらっしゃい!」
ディアナはぽかんと言葉を失った。背中を押してもらったどころではない。『裏技』を聞いた気分だ。
「キラキラといい、ここんちのお姫様といい……」と、白い鳥はぶつぶつ言っていたが、ディアナは思わずクスリと笑いが漏れた。そのまま女性二人は共犯者のように顔を見合わせて笑い合う。イールは多少面白くなさそうな顔をしたものの、大人しくそれを眺めていた。
「ああ、そうだわ。あちらの王城に着いたら、これが役に立つと思うわ。持って行って」
フローラ姫は思い出したように小さな袋をディアナに渡した。
「ありがとうございます、フローラ姫。……何から何まで」
心から頭を下げる彼女に、姫君は笑った。
「いいのよ。わたくしの勇敢で可愛らしいお友達のためですもの」
「それに……お前は王子の傍にいろ。その方が似合う」
ジェイドもそう言って、
「うるさいよ、ヘタレダークエルフ!ディアナの隣はボクのもん!」
「え」
と気の毒にもイールに叱られていた。
二人の笑顔に見送られて、ディアナは魔法陣の上に立った。その肩にイールが降り立つ。それを横目で見ながら、彼女は問いかけた。
「いいの?こっちで待っていてもいいのよ」
「馬鹿言わないで。ボクはキミの相棒だし、あのキラキラ王子一発殴るんだから」
素直じゃない相棒に、けれど微笑んでディアナはその羽を撫でる。
ジェイドが床に魔法陣を描いた。青い光が広がっていく。あの時と同じ、けれど今度は切なさはない。
「転移発動──青の聖騎士の領地、魔導大国セインティアへ」
キラキラ輝く光が溢れ──彼女達は遥か魔法の国へと旅立った。




