正直な言葉
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「──はぁッ!」
目の前の魔物に剣を振り下ろす。いつもと同じ、ただ相手の気配を感じ取って。殺気が崩れる瞬間を狙って。
なのに今日は何かしっくり来ない。どこかズレた手応えのまま、それを引き抜けば──
「危ない、ディアナ!」
『ガアッ!!』
イールの警告にハッと顔を上げた瞬間、彼女がたった今倒したはずの魔物が牙を剥いて飛びかかって来た。即死させなければ危険な、毒の牙を持つ魔獣だ。いつもなら、一撃で倒せたはずの──
咄嗟に身体の前に剣を立て、その牙を防ぐ。それは成功したが、魔物の爪が彼女の腕を切り裂いた。
「っ!」
痛みを自覚するよりも先に、その魔物にとどめを刺す。ディアナの剣に喉元を切り裂かれたそれは、巨体をその場に倒して息絶えた。
「大丈夫?ディアナ。──ディオリオ!」
イールが森の先に他の魔物を追って行った彼を呼ぶ。すぐに義父は戻って来て、娘の怪我に顔をしかめた。その手をかざして治癒魔法をかけ始める。
「おい、最近調子悪いな」
「……ちょっと、油断した。ごめんなさい」
みるみるうちに傷は跡形も無く消えたが、彼女の顔は晴れない。今日だけではない。彼が聖国に戻っていった、あの日からずっと、こんな風に心ここに在らずで失敗ばかりしている。
そんな娘を見つめて、ディオリオはがしがしと頭を掻きむしった。
「……会いたいのか、ラセインに」
ひゅ、と。ディアナの息が詰まる。それは答えたも同然だ。
「あれから二週間、何の連絡も無いから気になってるんだろう?セインティア王国で事件が起こったって噂も聞かないし、何事も無いなら良いんだが」
義父はそう言って娘を見た。
ディオリオが王女達を拘束したことは、特にアディリス王国で咎められることは無かった。
表向きは魔物にさらわれた王女を、ディアナとセイ、ダークエルフのジェイドが助けた事になっており、むしろタクナスという魔族を、長い間知らずに王宮に侵入を許したばかりか、勤務させていたことにこそ問題の目が向けられたからである。
駆け落ちの相手だった魔族は王女を救った恩人扱いに変わり(実際はまんまと眠らされていただけだが)、王もとうとう無視することはできず、二人の仲も認められつつあるとか。その辺りの情報操作は『ラセイン王子』が仕向けたらしい。本当に如才ない青年だ。
フローラ王女からはそのような経緯を伝えた手紙が届き、
「だってわたくし、第三子ですもん。お兄様もお姉様もいるんだから、一人くらい魔族と結婚したって良いじゃない」と、彼女らしい剛胆さで書いてあった。
「悪い噂を聞かないならそれで良いわ。私は父さんが居てくれればいいの」
落ち込んだ様子のまま目を逸らした娘に、父は溜息を吐く。
まったく。そんな顔をして良く言う。だから仕方ない。この素敵で格好良い、理解ある父が背中を押してやろう。
「──悪いけど、俺ちょっと旅に出るわ」
「「は?」」
ディアナとイールはきょとんと義父の顔を見た。ディオリオは苦笑して、彼女の髪を撫でる。
「……クレスを。お前の兄を探しに行こうと思ってる。あいつはどこかで生きてるだろうから」
「……父さん」
ディアナは目を見開いた。
「……そう、そうよね」
両親は亡くなってしまったが、あるいは。その希望に縋りたかった。
「でな?しばらく諸国まわろうと思うから、お前はここで待っていろ」
「え?私も──」
「馬鹿。せっかく依頼が定着してきて、商売が成り立って来たんだ。このままうまく拡げて、俺に仕送りしろ」
「えぇえ」
途端にふにゃりと困った顔をする可愛い娘に、彼はあははと豪快に笑って付け加える。
「といってもな、お前一人じゃ大変だろう。──だからラセインを呼んで来い」
「っ、え?」
義父の言葉に、弾かれたように彼女は肩を震わせた。
「でも、あの人は」
否定の言葉を探す前に。
「逢いたくはないのか?──セイに」
わざと、あの青年が少女に告げた名を呼んで。
「逢いたい」
何も考えずに、少女が返した言葉。ディアナは思わず溢れ出た本音に、口を押さえた。
そうか、私は。
「逢いたいわ、セイに」
自覚したら、自然と顔が綻んだ。だから、することは一つだ。
「──逢ってくる」




