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月の女神  作者: 実月アヤ
第一章 月の女神
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それぞれの希み

 彼はそんなディアナの様子にも気付かずに、ふ、と自嘲気味に笑って。


「けれど、彼女は一瞬で居なくなってしまって。本当に精霊か女神だったのかと、僕は人ではないものに心を奪われたのかと、そう思ったんです」


 だからディアナを一目惚れなどと言ったのだろうか。夢の人だから、無かったことに?それとも、ディアナは彼女の身代わりなのだろうか。そう思って、少女は俯いた。その拍子に、涙が溢れそうになる。


 あんなにも拒んでいた。彼に恋をすることを怖がっていた。

 なのに、馬鹿みたいだ。失恋した瞬間に、恋に堕ちていたと気付くなんて。


「でも、彼女は存在していた」


──え?


 思いがけない言葉に顔を上げると、アクアマリンの瞳がこちらを向いていた。

 優しくて、少し切なくて、甘い──“月の女神”を語る時の顔で。

 見つめているのは──


「剣を持ったあなたが現れたとき、その戦う姿にさすが戦いの女神だと見蕩れました。あの時の横顔と同じ、誰よりもまっすぐに前を見ているその強い瞳にも。月夜に銀の原であなたが話していたのは、イールだったんですね」


──え?


 じわじわと彼の言葉が耳に届いて。その手が自分の頬に触れるのを感じて、そしてやっと、言葉の意味に気づく。

 確かに眠れない夜は、よくイールを連れて夜の散歩に出かけていた。魔法を掛けられたイールは夜目も効くし、真っ白な姿が月に照らされるのが綺麗で。最近はそんな事も少なくなって、忘れていたけれど。


「じゃあ……」


 彼が半年前に迷った森とは──このアディリス王国の、ディアナの住むセレーネの森。

 ぽろり、と無意識にディアナの頬を伝った涙を、セイの唇が拭った。


「半年前に僕が見た女神はあなたです、ディアナ」


「──っ」


 彼はただ愛おしそうに、ディアナの紫の瞳を見つめて。頬に触れた指先を、彼女の髪に潜り込ませた。熱のこもる声で、セイは言葉を重ねる。


「生まれてから19年間、魔法の発動を恐れてずっとその瞬間が来るのを避けて来た。一目惚れなんて聞こえが良いだけの呼び名をつけられて、抗えない宿命を背負わされたと思っていた。この体質も、呪われたものとしか思えなかった。


誰かに一瞬で心を奪われるなんて信じられなくて、しかも手に入らなかったら自分がどうなるのか怖くて、誰にも会いたくないと思ったときもある。


──けれどあなたを一目見た瞬間、僕は自分を幸せだと思えたんです。あなたに逢うために生まれて来たのだと思えた。それだけで、僕は幸せになれたんです」



 もう言葉にはならなかった。彼の言葉ひとつひとつが、決して軽いものでは無かったのだと思い知って。

 溢れる涙に、セイの腕がディアナの身体を抱き締める。彼女もその背に腕を回して、抱き締め返した。


「あの時は逃がしてしまいましたから、再会できた時にはつい夢中で求婚してしまいました。ちゃんと説明すれば良かったんでしょうけど、僕は浮かれてたんです。それに焦ってもいた。僕にとって運命の相手でも、あなたにとっては違うかもしれないと。実は結構、僕は迂闊なんですよ。何せ初恋ですから」


 苦笑まじりで告げられた真実に、ただ嬉しくてディアナは何度も頷く。

 セインティア王族の一目惚れは、姿形ではなく魂に惹かれるのだとフローラ姫は言っていた。ならばディアナが彼に惹かれるのも、魂が呼び合っているのだとしたら、避けられないのは当たり前だ。


 ディアナがそのアメジストの瞳を向けると、彼は微笑んだ。



「あなたが好きです、ディアナ」



 近づくその顔に、少女は瞳を閉じる。

 唇が、柔らかく重ねられ──


「だからあなたはどうか──無事でいて」

 

トン、と離された身体。魔法陣から溢れた青い光──その向こうに見えた、優しい微笑み。


「──待って、セイ!私も、あなたが……!」



──そのすべてが、消えた。



「あなたが、好きなの……」



彼女の言葉は涙と共に零れ落ちた。

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