表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月の女神  作者: 実月アヤ
第一章 月の女神
23/90

月夜の想い出

 魔法で操られ、心身に負担のかかったディオリオを寝台へ寝かせると、ディアナは階下に降りる。けれどそこに金色の髪の王子は居なかった。


「──セイ?」


 家の中には彼の気配が感じられずに、戸惑いながら外を見る。


「ディアナ」


 外へと続く扉を開けて外に出ると、イールが木の上からディアナを呼んだ。そこから一部始終を見ていたのだろう、ディオリオの部屋の窓を仰ぎ見て、それから裏庭の方へと視線を送って溜息を吐く。苦々しい口調で、ディアナへと声を掛けた。


「ディアナ、あいつ一人で帰るつもりだ」

「っ」


 思わず駆け出す。


 彼はこのまま黙って居なくなるつもりなのだろうか。ちゃんと話をしたい。最初にそう言ってくれたのは彼の方だった。もっとちゃんと聞けばよかった、と自分の臆病さを悔やむ。今更遅いのだろうか。


「だからって、このままじゃ」


 裏庭に繋がれていた彼の馬のところへ行くと、青年はまだそこに居た。

 セイが懐から青い石を取り出し、地面に置く。すると石を中心に青い光が広がり、地面に美しい文様を描き出した。複雑に絡み合う文様は、魔法の呪文だろうか。それが先ほど魔族に作ってもらった転移魔法だと気づいて、ディアナは駆け寄る。


「待って!」


 彼女の様子に、セイがその顔を向けた。その視線に射抜かれる。

 いざ本人を前にしたなら、何から話せば良いのかわからなくなり、少女は口籠った。


「一人で、行くの?魔族が居るのに」

「だからこそ、ですよ。僕は世継ぎの王子ですから、国を護らなくては」


 穏やかな声は、ただディアナに優しく響いて。それを聞いていたら、無性に切なくなる。


「──私も」

「あなたは、ディオリオを支えてあげて下さい。ここからは、僕の国の問題ですから」


 優しく突き放されて、彼女は戸惑った。その拒否は、自分を心配しているからだとわかる。

 けれど、だからといってこのままセイと別れることだけはしたくなかった。


「全て話してくれるって言ったわ。……約束を守って」


 引き止める言葉も浮かばずに、なんとかそれだけを紡ぎ出す。自分の稚拙さに情けなくて、呆れてしまう。視線を彷徨わせた少女に、彼は「そうですね」と複雑そうに微笑んだ。きちんと彼女へと向き直って口を開く。


「──始まりは、半年前の事です。僕は一人でこっそりと城を抜け出したんですよ」


 唐突に始まった彼の話に、けれど気になる単語にディアナは顔を上げた。


“半年前”?


 セイは夢見るように柔らかな瞳で話し始める。故郷の話をしていたときのように。大事な、大事な思い出を。


「初めての異国の森で、この間のように迷ってしまったんです。けれど不思議と不安はありませんでした。もう足下は真っ暗だったけれど、木々の間から銀色の月の光が降り注いでいて、とても綺麗で。奥まで進んだら、小さな泉があって、月光にキラキラと水面が煌めいていました」


 ディアナの脳裏に、美しい光景が浮かぶ。この森しか知らないけれど、彼女にも容易く想像はできた。


「──僕はそこで、月の女神に会ったんです」


 少女はハッとした。大きな音を立てて心臓が暴れ出す。


「月の光の下で、彼女は誰かと話していた。その横顔が美しくて、神秘的で、一瞬で目に焼き付いた。僕は夢を見ているのかと思いました」


 思い出すかの様に一度閉じられたセイの瞳に、ディアナは胸を締め付けられる。

 淡いアクアマリンの瞳が、もう一度現れて甘やかに輝いた。


「その魂が、引きずられるように」


この人に、こんな顔をさせるひとがいる。


「僕は、一目で恋に落ちた」


 ああ。聞きたくなかった。

 震える指先に、どれだけ自分がショックを受けているのか分かる。


 今更気づくなんて。私は、もうどうしようもなく、この人に惹かれていたんだ。

 どうして捨てるべきだなんて、引き返せるなんて思ったんだろう。傷つくのが怖いなどと怖じ気づいている間にも、恋心は育っていた。彼が誰かを想う言葉に、胸がギリギリと痛むほどに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ