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月の女神  作者: 実月アヤ
第一章 月の女神
21/90

ここにあるもの

**


 セレーネの森──小さな家の家主の部屋。

 独りきりでグラスを傾けていたディオリオは、魔法の気配に顔をあげて微笑んだ。


「あーあ、バレちまった」


 けれどそれは十分に予想していた事なのだから、今更焦ることでもない。けれど正直に言えば、できるだけ先延ばしにしたかった。


「──どうしてなの」


 背後に響いた、娘の声。

 振り向くのが嫌だ。あの可愛い紫の瞳が涙でいっぱいになるところは、昔から苦手だ。

 リオおじさん、からディオリオ、になって。やっと、父さんと呼んでもらえるようになったのに。


「ごめんなあ、ディアナ」


 それでも、譲れないもんがあるんだよ。


 振り返ると、部屋の入り口にディアナとセイが立っていた。いつのまにか年頃に成長していた娘と、生まれた時からその身を守って来た王子が寄り添う姿。ふたりがその身に転移魔法の残滓をキラキラと纏わり付かせているのが、妙に綺麗でディオリオは目を細める。


「魔族と手を組んでまで欲しかった魔法は、手に入ったんですか」


 セイが静かな目で問いかけた。ディオリオは弟子だった青年に、ニヤリと笑ってみせる。


「それがさあ、あいつ帰って来ねえんだよ。裏切られちまったかなあ、魔族だし」

「父さん……!」


 彼の罪を認める発言に、娘は悲痛な声で叫んだ。


「どうして!そんなに欲しい魔法って何なの?セイを──ラセイン王子を、親友だった王を裏切ってまで欲しかったの?」


「おっと、ラセイン、お前さん素性を明かしちゃったわけ。まあそうだよな。お前はディアナに嘘はつけねえな。──ああ、欲しいね」


 ディオリオは口元を歪めた。口調はいつも通りだというのに、その瞳に狂気じみた光が宿るのを見て、セイはディアナの手を引き寄せる。

 護ると言った彼の言葉を覚えてはいたけれど、ディアナは今、その背中に庇われるわけにはいかなかった。柔らかく首を横に振って手を引き抜くと、彼の隣に立ったまま少女はディオリオを見つめる。


「俺は兄さんを、兄さんと義姉さんを取り戻したいんだよ。そしてクレスを見つけ出して、全部元通りにしたいんだ。ディアナ、お前だってそうしたいだろう?」


 高らかに告げられた彼の望みに、ディアナは茫然とした。


「なにを、言ってるの……」


 明かされた義父の望みは、彼女に衝撃を与えるもので。震え出すのを止められない。


「そんな、そんなこと出来るわけない……」


 死者を、蘇らせるなんて。出来るわけがない。許されるはずもない。

 命に関わる魔法は禁忌だ。死者を取り戻す魔法など、おとぎ話でしか聞いたことはないし、その結末はいつだって術者の破滅。命を弄ぶことはそれほど恐ろしいものだと、魔法を使えないディアナだって知っている。

 全部元通り、なんてあるわけがないのだ。そうでなければ、彼女の、他の多くの、今まで大切な人を失った者の想いはどこにいけばいい。


 彼女の傍にいるセイが自らの腰に手をやり、退魔の剣を引き抜いた。まさか、と目を見開く少女の前で銀色の刀身を義父へと構えるのを見て、ディアナはそれを止めようと声を上げる。


「やめて、セイ」

「僕を信じて下さい」


 セイは剣を構えたまま片手でディアナの手に触れた。掴まれた手に、彼の力が篭るのを感じて口を閉ざす。


 ──斬るつもりじゃない。助けるつもりなんだ。


 彼の剣が赤く光る。ディオリオは人間であるはずなのに、彼から禍々しい気配が漏れ出していた。狂気の笑みを浮かべる男に黒い靄がまとわりついているのが見える。剣に宿る精霊の力なのか、ビリビリと空気が張り詰めた。


「ディオリオ、あなたは魔族に何を吹き込まれた?──死者を蘇らせる魔法などない。喪った命は、取り戻す事など出来ない。……だからこそ尊いのだと、あなたは誰よりも良く知っていたはずだ」


 厳しい表情と、鋭い声は、厳かで。金色の髪の王子は、その場の誰よりも辛そうに言い放った。


「──あなたは、存在しないものを追い求めて、今ここに在る娘からの信頼を失うつもりか」


 ディアナが目を見開いた。繋がれたままの手を辿れば、アクアマリンの瞳が彼女を見つめる。確かに優しいその眼差しで。


「ディオリオはジェイドを殺さなかった。彼の転移魔法があれば、魔族を追う事が出来る。上手くいけば魔族が事を起こす前に追いつく事も出来るかもしれない。……本当は、止めて欲しかったんじゃないんですか、ディオリオ」


 最後は彼に向けられて言われたセイの言葉に、ディオリオは乾いた笑いを零す。


「さあね」

「どういう、こと。セイ……?」


 真意を問うディアナに、青年は視線を向けた。


「ディオリオはあなたを利用したのかもしれない。けれど見ようによっては、危険から遠ざけたとも言えるんです。古城の魔物は僕とあなたなら敵ではない。おまけにダークエルフは誘拐犯では無かった。そして、ここには全てを企んだ魔族が居た。もしここに居てそいつの邪魔していたら、今頃何をされていたかわかりません」


 ひとつひとつ、秘密を暴くように。けれど酷く優しく響く、セイの声が少女へ落とされる。


「僕には、ディオリオがあなたを──あなたと僕を守ってくれたように思えてならない」


 彼の言葉はディアナの望んでいた答えだった。

──罪を犯そうが、魔族に心を囚われようが、義父は確かに娘を愛しているのだと。

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