それぞれの内緒話
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「本当に、お二人だけで大丈夫ですか?」
数時間後、全員で古城の外に出ると、セイは強気な姫君とダークエルフを見る。
子供の頃は遊び場にしていたと言った通り、フローラ姫は王族だけが使う抜け道を知っていた。そのおかげで、いくらかの魔物には会ったものの、行きよりはよほど難なく脱出する事が出来た。そのフローラ王女はジェイドの腕に絡み付いて微笑む。
「城へはジェイドの魔法で帰れますから、大丈夫ですわ。ヘタレですけれどほんっとうに魔法の腕だけ!は良いんですの。だからこそディオリオに眠らされて、ちっとも役に立ってくれなかったんですけど」
「ご、ごめん、フローラ」
なんだかビクビクしている高位のはずの魔族が哀れだが、それでも頬を染めているところをみると、まんざらでもなさそうなので放っておく。
「王ならちゃあんと説得してみせますわ。最初から逃げずにそうするべきでした。わたくし達も含め、青の聖国を脅かす手助けをしたも同然ですもの、きっちり自分でカタをつけて参ります」
なんて男前の姫君だろう……とは誰も言わずに居た。賢明だ。ジェイドが一同を見回して、口を開く。
「では転移魔法の準備をする。フローラと剣士の娘は離れていてもらえるか」
フローラがディアナを伴って離れると、男性陣には聞こえない小声で話しかけてきた。
「ねえ、わたくしはおせっかいかもしれないけれど……気付いた?わたくし達が魔法陣で飛ばされた瞬間も、それから塔に彼らが来た時も、ラセイン王子はあなたの名を呼んでいたわ」
「……え?」
彼女の言葉に意図が掴めず、ディアナは瞬きをして見つめ返した。もう一度フローラ姫は言い直す。
「彼はずっとあなただけを見て、あなたを心配していたのよ。救出するはずのわたくしではなくて」
にこりと微笑みを浮かべてそう断言されて。ディアナは戸惑った。
「ラセイン様はあなたの事がとても大事なのだわ。それは信じてあげなくちゃだめよ、ディアナ」
「……っ」
彼女の言葉に、軽く頬を叩かれたような気がした。彼を頼りにしているくせに、信じようとしない、自分勝手な想いが恥ずかしくなる。気持ちを隠さない姫君の率直な物言いに、つい素直に言葉が溢れた。
「私……怖いんです。もっと彼に惹かれてしまって、傷つくのが怖い」
どうしていいかわからない。こんな感情を誰かに持った事なんて無い。
街に出れば彼女は目立つ。その容姿に群がる男は多い。けれど彼女の義父は巧みに悪い虫を寄せ付けないようにしていたし、ディアナをそう育ててきた。彼女は決して鈍感ではないが──慣れてもいない。やんわりと、きっぱりと、拒否することは出来ても、恋に溺れるように無防備に受け入れる事もできないのだ。
フローラ姫は小首を傾げて、ディアナの顔を覗き込んだ。
「あのね、ディアナ。恋は怖いものよ。それに苦しくて、面倒で、ムカつくものよ」
「……いいことないみたい」
ぼそりと呟いた少女に、駆け落ちした王女はそれは可愛らしい笑みを向けた。
「でもね」
ふふ、と。まるでいたずらを思いついた子供の様に。
「わたくしたちに許された、一番楽しくて幸せな感情よ」
彼女達から少しだけ離れた場所で、魔法陣を作り始めたジェイドが、セイに近づいて密かに囁いた。
「青の聖国への転移魔法が居るなら用意する。正規のルートはすべてディオリオと魔族によって壊されているはずだ。復旧にはしばらくかかるだろう」
「ああ、それであなたが狙われたんですね。この国に転移魔法を使える魔法使いはあまり居ないようですし」
「人間の魔法使いは慣れ親しんだ場所か、門のように装置化しないと安定せず、時空の狭間に落ちることもあるらしいな。我ら魔族の転移魔法は仕組みが違う。私は魔石さえあれば使う者がイメージする場所へと転移する魔法具を作れる」
魔法使いの少ないアディリスでは、魔石は希少で手に入りづらいのだが、二人が捕まっていた部屋にいくつも隠されていた。その一つを取り出して、ジェイドはセイの額に魔石を当てて言う。
「私自身が行ったことのない場所でも、王子がイメージできれば問題ない。目的地を定めてくれ」
意外に万能な魔族の魔法に、セイは感心した。ジェイドの拘束自体、“ラセイン王子”を足止めする大きな手段の一つだったのか。ディオリオの用意周到さに恐ろしくなる。
「ならば二つ。セレーネの森への転移と、青の聖国への転移を」
「人使い荒いな。二人……と一羽分でいいか」
ジェイドがいつの間にか空から降りて来たイールにつつかれそうになって、慌てて付け足した。
「いや」
セイは複雑そうに微笑んだ。
「聖国への転移は、一人分です」
それを聞いていたイールは、何か言いたげにセイを見た。けれど彼はシーと人差し指を立てる。
「イール、男同士の秘密ですよ」
「……いつボクがオスだって言ったよ」
「あれ、違うんですか?」
「そんなん言うか、バァカ!ディアナを悲しませるな、バァカ!」
子供じみた罵声を浴びせてぷんとふくれる白い鳥に、けれどディアナへの愛情と自分への心配も確かに感じて、青年は困ったように微笑んだ。
「ええ、そうですね。……だから、一人分」
イールはとても不本意だったが、寂しげに呟いた彼の肩へと降りて、その頬を撫でてやった。
「おや、優しいですね。イール」
「ディアナを惑わすお前はムカつくけど。……助けてもらったしね」
柔らかな羽の感触に、セイは微笑む。目を伏せてありがとう、と呟いて。
「……ディアナからのキスだったら、もっと嬉しいんですが」
「……図々しいな。あんたホントに王子様?」




