突然の求婚
セイと名乗った青年は、少し離れたところに馬を繋いでいた。それを引いてくると馬上に乗り、ディアナへと手を差し伸べる。
「え?」
「どうぞ。女性を歩かせる訳にいきませんから」
「え、でも」
「ね?それにあなたは命の恩人です。僕を礼儀知らずにしないで下さい」
行動も発言もまるきり王子様だ。美しいけれど有無を言わせない雰囲気で、再度にこやかに言われてしまうとつい遠慮も出来ず、ディアナは彼の手をとった。彼の指先まで整っているのが目に入り、かつ彼の馬が真っ白で立派な体躯をしていて本当に白馬の王子さまみたいだなと思う。
「あ、ボクの相棒に触るな、キラキラ!」
「こら。だめよ、イール」
すかさず鋭く叫ぶ白い鳥に、ディアナは苦笑しながら言葉を返した。どうやら相棒は、この珍しい旅人にもう妙なあだ名をつけてしまったらしい。
鳥に文句を言われたにも関わらず気分を害したようでもなく、セイは興味深くイールを見つめる。
「人語を話す鳥……魔法が掛かっているんですか?」
「ええ。ディオリオが掛けてくれた。この森で私たちは魔物退治をしながら暮らしていて……イールは私の相棒なの」
魔法で喋る鳥は魔法が盛んな地方ならばよく居るが、アディリス王国では珍しい。セイは興味はありそうだが驚かなかったところを見ると、魔法に親しんでいるのかもしれない。
「ええと、イール?君の大事な相棒を、僕の馬に乗せても良いですか?」
鳥相手に、生真面目にちゃんと聞いてくれた彼を見直したらしい。イールは仕方ないな、などと言って空高く羽ばたいた。相棒らしく周りを偵察しに行ってくれたのだろう。
そうして引き上げられ彼の前に座らされると、そのアクアマリンの瞳が思ったよりも近くにあることに、ディアナはドキッとする。動揺を紛らわせようと彼に話しかけた。
「セイさんは、ディオリオのお知り合い?」
「セイで構いませんよ。彼には昔から家族ぐるみでお世話になっていて……僕はディオリオから剣を学んだんです。あなたもでしょう?ええと」
言葉を途切れさせた相手に、ディアナは自分が名乗っていないことに気づいた。
「ああ、ごめんなさい。私はディアナといいます」
「“ディアナ”──?」
彼女の名を聞いた瞬間、彼はなぜかひどく驚いたように少女を見つめた。
なんだろう。
美しいこの青年にしげしげと見つめられて、居心地が悪い。耐えられなくなったディアナは前を向いてセイの視線から顔を背ける。どうして名前一つでこんなにも驚かれるのかはわからなかったが、何か別の話題を振るべきだと咄嗟に考えた。
そう、一番重要なことを聞いていない。
「あの、ディオリオにどんな御用?」
彼女に問われて、セイは瞬きをした。
「僕に掛かっている魔法について、彼から話を聞くつもりで会いに来ました」
「魔法?いえ、どうしてディオリオに」
ディアナの義父、ディオリオは魔法使いではない。医者でもないし、占い師でもない。剣の腕が立つ魔物退治屋だ。イールにかけたような魔法が使えるのは知っているが、他にできることは小さな治癒魔法くらいだと聞いている。そもそもこのアディリス王国には魔物は生息しているが、魔法使いは珍しい。
ディアナの疑問に、セイは水色の瞳を曇らせる。
「彼から手紙を貰ったもので。てっきり対抗策を知っているかと思い、発動する前に相談したかったのですが──遅かった」
「遅かった?どうして?」
思わずディアナは振り返って、彼を見つめた。
魔法にかけられて困っているようならば、呪いの類なのだろうか。しかし特に何も不都合は見られない。悪いものに害されている様子も無いし、健康そう。むしろとても綺麗だし、いい人だと思うのに。
ディアナの視線を受けて、セイはまるで吟遊詩人のように、歌うような優雅な口調で言葉を継ぐ。
「魔法の発動条件は、“運命の相手に出会う”こと。
僕は生まれる前から約束されているのです。
“運命の相手に出会ったなら、一目で恋に落ちるだろう”、と」
そのアクアマリンの瞳が、アメジストの瞳をとらえた。
澄んだ水のような、その色。
「そして、僕に掛けられた魔法は、“一目惚れした相手と結ばれなければ死んでしまう”というものです」
まるで夢物語を語るように、ただ静かに告げられる。
「だから、ディアナ。
僕と結婚してくれませんか」
囁かれた言葉に、一瞬真っ白になった。
「……はい?」