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月の女神  作者: 実月アヤ
第一章 月の女神
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義父の呟き

***


 時は少しばかり戻って。


 森の中に佇む我が家が見えると、彼は自らの身体に施した魔法を解いた。

 もともと祖国にいた時から、剣の腕には及ばないものの魔法もそれなりに得意で、魔力によって身体強化した脚で馬よりも速く走り先回りすることなど造作も無い。


 駆け落ちしたフローラ姫と魔族ジェイドを古城へと閉じ込め、それを誘拐事件に仕立て上げ。城から討伐依頼を出させたうえで、何食わぬ顔で娘と聖国の王子を送り出して。

 一度は古城へ先回りし様子を見て来たが、それもすぐに切り上げて自分の家に戻って来た。

──そんな真似が出来ることを、娘にはずっと黙っていたが。


 いつもなら落ち着くはずの家だが、その扉の向こうに感じた気配にピクリと眉を上げる。嫌な予感が当たったなと心中で呟き、押し開ければ。


「おっかえりー、ディオリオ」


 彼の家であるはずのそこに、招いた覚えもない客──赤茶の髪の男がひどく呑気にテーブルから手を振った。

 普段アディリスの王宮に仕える彼には何度か会っているが、この軽妙な本性を知ったのはつい最近だ。そして、本来の種族も。

 男の瞳は赤く光っている──魔族なのだ。

 いつもは巧妙に魔法で隠されたその色に、ディオリオは不機嫌そうに呟く。


「おいおい、俺、鍵かけてったはずなんだけど。しかも何勝手に俺のアップルパイ喰ってんの」


 男の前には食べかけのアップルパイの乗った皿がある。出かける前には、確かその倍以上はあったはずだ。


「鍵なんて掛かってたかなあ。このパイ美味しいね!君の自慢の娘さんが焼いてくれたの?あれ、そういえばその美人の娘さんはまだ帰らない?この間はあんまり時間なかったし、もっとゆっくり見たかったのになあ」


 ひやりとした。

 この男には、娘をセイと共に古城に行かせたのは、あくまでも道案内だと伝えている。ディアナはディオリオのただの助手で、大した腕は無いのだと。だから取るに足らないと。

 魔族はその嘘におそらく気づいているのだろう、やたら娘のことを聞きたがる。けれど平静を装って、彼からパイを取り上げた。


「どっかで道草食ってるんだろ。それより、アディリス国内の転移魔法陣、ぶっ壊して来たのか」

「誰に言ってるんだよ。全部完璧に壊して来たさ。青の王子はすぐには国に帰れないよ」


 空間を一瞬で行き来することのできる転移魔法。しかしそれはかなりの上級魔法で、使えるものはほとんどいないとされている。

 しかし魔法大国セインティア王国の魔導師が確立した“転移門”によって各地への転移が可能になり、同盟を結ぼうとしていたアディリス王国にも政策の一環として、セインティア王国へ繋がる門が設置されたばかりだった。

 魔族はフォークをくるくると回して、楽しそうに笑う。


「アディリスには転移魔法を使えるような魔導師も居ないしね。まあ修理不可能ってところまではいかなかったけど」

「ならさっさとセインティアに行けよ。ラセインが追っかけて来たら困るだろうが」


 ディオリオの苦々しい口調に、魔族は探るように彼を見つめ返す。


「どうやって追いかけてくるっていうのさ。転移魔法が無きゃアディリスの港からセインティアの港までだって航路でも数日はかかるだろ。──ああ、ジェイドがいたか。あいつちゃんと殺してくれた?」


 ディオリオは頷いた。実際は意識と魔力を封じて転がしてきただけだが、それは告げるべきではないと分かっていた。魔族は不満そうに呟く。


「もう、そもそも君がラセイン王子を殺してくれれば手間が省けたのにさ」

「そんなことしたら面倒なことになるだろうが。お前さんも少しは人間社会を勉強しな」

「してるよお。知ってるくせに」


 魔族はクスクス笑いながら。ディオリオの手に戻ったはずのパイにフォークを突き刺し、それを口へと運んだ。


「で、ディアナちゃんを俺から遠ざけて、お義父さんは魔族と悪巧み?」

「ディアナには構うな、レイウス」

「なんで!あんなにかっわいいのに。出るとこ出てるし、かと思えば手首とか華奢だしさ。あの瞳なんて紫水晶みたい」

「おい人の娘にセクハラ発言すんな」

「お義父さんよりお人好しっぽくて騙されやすそうだ。美味しそう」

「馬鹿を言うな。お人好し加減なら俺の方が上だろう。見ろこのキラキラした純粋な目を」

「……図々しいね、おっさん」


 娘に興味を持たれては困る。だからこそ回りくどいことをして、セイと共に古城へ追いやったのだ。

 セイなら彼女を守ってくれるだろうし、逆に彼女もセイを守れるだけの力がある。二人を一緒にしておくだけで命の危険はかなり遠くなるのだ。

 最初こそしくじったようだが、きっとセイはディアナの信頼を得るだろう。娘は警戒心が強いが、一度受け入れてしまえばとことん相手を信頼する。ディオリオは自らで経験済みなのだ。


 彼女の傍に、信頼に足る人物を置いておきたかった。この先、彼がすることで、娘がどんなに心を痛めるか。


もう彼女の傍に居られなくなるかもしれないのだから──

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