義父の企み
一瞬、なんと言われたのか分からなかった。
「え……!?」
父さん──!?
ディアナは目を見開く。王女の口から伝えられた名に、反射的に異を唱えた。
「嘘よ、父さんがどうしてそんな──」
「ちょっと!何かの間違いでしょ!」
イールも同じ気持ちなのか、ディアナの後ろから身を乗り出して叫ぶ。迫られたフローラ王女は困ったように首を傾げた。
「ディオリオは以前から王宮に出入りしていたのです。間違えるわけありませんわ」
ディアナは言葉を失う。彼女達に対して、ここまで素を見せたフローラ王女が嘘をつく理由がない。確かにディオリオは王宮の依頼もよく請けていたから、王女と面識があるのも知ってはいた。けれど義父が王女達を捕らえて閉じ込めるなどという大それたことをするとは、とてもじゃないが信じられない。
しかし一瞬、今回に限ってついて来なかった彼の後ろ姿が娘の脳裏に浮かんだ。
一同の顔を見て、ジェイドが口を開く。
「奴はある魔族と手を組んだと言っていた。ここで王子を足止めして、その間に青の聖国にそいつを潜り込ませるつもりだと。何やら聖国にはディオリオとその魔族の求める宝があるとか」
ディアナの傍らで、セイがハッと息を吞んだ。わずかな瞬間だったが、それを見逃すディアナではない。
(心当たりがあるの──?)
彼を見上げれば、翳った美貌に浮かぶのは、わずかな罪悪感と後悔を含んだ苦々しい色。一度見たことのあるその表情に、少女は思い当たって目の前の王子に問う。
「父さんが、青の聖国の王に逆らったって言ったわよね。それは何故?」
ディアナの聡明さに、セイは眉を寄せた。これでは誤魔化すことも黙っていることもできない。彼女にこれ以上の嘘を重ねることもしたくない。
躊躇ったものの、まっすぐ向けられた彼女の瞳を見つめ返して、彼が口を開いた。
「──ディオリオは、城に封じられていたある強力な魔法を手に入れようとしたのです。しかし人の身には危険すぎると王に反対されました」
ディアナは初めて聞く話に驚く。剣士である義父が魔法を欲しがるなど、想像もつかなかったのだ。
それでは、ディオリオはそれを手に入れるためにこんな事を企てたのか。そうだとしても。
「私まで利用したの……?」
ラセイン王子一人を足止めするつもりなら、森の家で捕まえれば良かったのだ。わざわざ王女誘拐なんて事件にしたのはディアナをここに来させるため。『王女救出』に疑問も抱かず、のこのこと誘い出されたディアナが居たからこそ、セイはここについて来たのだし、多少危険なことも厭わなかった。
(どうして、私を?)
王子を油断させるためだろうか。だとしても、なぜわざわざ関わらせたりしたのだろう。ディアナがセイと親しくなれば、この事実が明るみになった今、お互いに傷つくことは分かっていたはずだ。娘を、弟子を、不用意に傷つけるような人ではないと信じていたのに。
ますますディアナを切り裂く事実に、彼女は拳を握りしめた。微かに視界が揺らいだが、構わずに強く強く──。
「「ディアナ!」」
セイとイールの声が重なり、彼女は自分の手に爪が食い込んでいることに気づいた。白く爪痕の残る手をセイの手が包み込む。
「ディオリオが好きであなたを傷つけるわけが無い!祖国を危機にさらすような真似をする訳も無い。何か事情があるんです。あなたの父親を信じて」
その言葉に、ハッとした。
セイはディオリオを信じているんだ。ならば娘の私が信じなくてどうする。
見上げた先にあるアクアマリンの瞳はただディアナを見つめていて、その強さに詰めていた息を吐く。首を振ろうとして、心配そうにこちらを覗き込むイールが見えた。大丈夫、と言いかけて、けれど指先は固まったままで。
そんな彼女を──セイが抱き締めた。
「っ!」
思わず息を吞んだディアナにそっと囁かれた彼の声。
「あなたは僕が護ります」
その言葉が嬉しかったのに、同じくらい哀しかった。
声が震えないように、一瞬強く瞼を閉じて、それから首を横に振る。
「私は、大丈夫。……大丈夫ですから」
自分に言い聞かせるように呟く。
『あなたが好きなのは私じゃない』
その温もりが、今は辛い。だから彼の腕を振り切って、一人で立つ。
「ディアナ、帰ろう。ディオリオに確かめに行こう」
イールが羽ばたいた。彼女を心配するその声に、ディアナも強く頷いた。
フローラ王女とジェイドのことが気にかかったものの、今は一刻も早く帰りたい。城内の魔物はあらかた片付けてある。ジェイドは魔法を使えるようだし、セイの腕があれば王女のことを守って脱出することだってできるだろう。
部屋から飛び出そうとすると、「ディアナ!」とセイが呼ぶ。
「セ……ラセイン王子は二人をお願いします。私は、セレーネに戻ります」
「待ってください!」
彼の言葉を聞かずに、ディアナはイールと部屋を出た。一瞬も迷わず、セイは彼女を追う。
──泣かせたまま、逃がすのは嫌だ。まだ、彼女に告げていないことがある。