自覚した想い
タクナスは告げていたではないか。フローラ姫と青の聖国の王子が結婚するのだと。
ディアナは、その事実にこそ衝撃を受けた。目の前の美しい姫を見つめる。セイの隣に並んだら、さぞお似合いだろう。
一目惚れ、だなんて。死んでしまうなんて。
──結婚して下さい、なんて。
嘘ばかり。
あんな風に優しく微笑んで。ディアナに触れて、気遣ってくれたのも。
「嘘だったの……」
「ディアナ……」
イールの心配そうな声に、彼女は自分が涙を零していることを知った。
「あ、あれ?」
慌ててそれを拭う。
全てを本気にしていた訳ではない。けれど、信じてみたかったのも確かだ。
どうしよう、会ったばかりなのに。こんなに惹かれ初めていたなんて思わなかった。
セイの笑顔や、慈しむような表情や、差し伸べられた手や、その美しい剣技。考えたくないと思えば思うほど脳裏に浮かんでしまう。そして、ディアナに答えないままフローラ王女へと向けられたその顔まで。
両親と兄を失ってから、ディオリオやイール以外の相手に、こんなに心を動かされたことなどなかった……こんなに大切に扱われたことも。それが全て嘘なら、どうしていいか分からない。
彼女の様子を見て、フローラ姫が困ったようにディアナを覗き込んだ。
「……ディアナといったわね。わたくしは彼の婚約者ではないわ」
「え」
姫は自分のドレスの袖で彼女の涙を拭ってくれる。
「わたくしの父がラセイン様との婚約を望んでいたのは本当よ。けれど半年前に彼には断られたの。彼に掛けられた魔法は知っていて?」
「一目惚れした相手とっていう……?」
「そう」
姫は優しく微笑んだ。
「それは彼の血族に長く続く宿命のようなもので。セインティアの王となる者は代々、本能の様に一目で伴侶を選び出すんですって。姿形ではなくその相手の魂に反応し、真実の姿に恋い焦がれるのだというわ。魔法王国の不思議な力なのか、月の女神に捧げた青の騎士の想いなのかは分からないけれど。……わたくしは選ばれなかったのよ」
彼女の言葉に、ディアナはハッと顔を上げた。その声に、少しだけ切ない色が混じっていたような気がしたからだ。
「彼はこう言ったの。もうその相手は見つけたのだと。『僕が愛しているのは、月の女神ただ一人なんです』って」
「……私じゃ、ない」
ディアナが彼と出会ったのはたった数日前なのだ。半年も前に彼がフローラ王女にそう告げているのなら、それは別の誰かだ。
セイには、他に好きな人がいる。
一瞬浮上した気持ちは、今や深く深く沈み込んでいた。
他の誰かを愛しているのに、なぜディアナを口説いたりしたのだろう。どうしてあんな瞳を向けたのだろう。彼に近づくのは怖いくせに、彼の気持ちがディアナのものでは無いと知った今、こんなにも胸が痛むなんて。
「馬鹿だわ、私……」
苦笑しながら顔を背けたなら、相棒が黙ったまま彼女の肩に降り立つ。
「ディアナ」
その気遣わしげな声に、ただ静かにイールの頬を撫でた。
「……ラセイン様はそんなことで女の子の気持ちを弄ぶような方ではないわ。何か誤解があるのではないかしら」
フローラ王女の言葉が胸に刺さる。
「──いえ、もう良いんです」
彼女は首を横に振ってそう答えたが、言葉とは裏腹にまた一粒、涙が頬を伝って落ちた。それすら自覚していないディアナの顔を、イールが心配そうに覗き込む。
「──ディアナ!」
彼女を呼ぶその声と、開け放たれた扉に一同が揃ってそちらを向いた。
ああ、今は、
「無事ですか!?」
逢いたくなかった。
「ええ。
──ラセイン王子」