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月の女神  作者: 実月アヤ
第一章 月の女神
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相棒の相棒

「……私……」


 少し身体を休めているうちに、眠ってしまったことに気づいたディアナは、飛び起きた。

 ここへ来るまでの道中もだが、完全に眠ることなく身体を休ませる方法なら身につけてきたし、まだ良く知りもしない相手の前で無防備になるつもりはなかったのだが。

 けれどセイはイールに言われた通り、ちゃんと彼女から一番離れた寝台に居る。横にはなっていたが、きっと眠っては居なかったのだろう。飛び起きたディアナに身を起こしたが、何事も無いと分かればただ微笑んだ。


「おはよう、ディアナ」

「っ、お、おはよう、セイ」


 魔物が蠢く古城で、随分呑気な挨拶だとディアナは首を傾げたが、朝日に煌めく彼の金色の髪があまりに綺麗で、つい口元が綻んでしまった。咲き始めた花を見つけたかのような気分で小さく微笑みを浮かべるほどに。そんな彼女を、セイの方こそ眩しそうに眺めていることなど、気づかずに。


 あたりが明るくなってから、また彼らは探索を続けた。古城はそれほど広い訳ではないが、いつ飛び出すか分からない魔物を警戒しながらでは、やはり時間がかかる。ディアナ一人とイールでは無理だっただろうから、ディオリオの判断は正しかったと思うが──ならば彼も来てくれれば良かったのに。


 そうしたら、この人に振り回されずに──


「どうしました、ディアナ。どこか怪我でも?」


 考え込んで静かになってしまったディアナに気づき、セイが振り返って彼女の顔を覗き込んだ。彼女の変化にすぐ気付くところがさすがと言える。


「っ、いいえ!」


 ディアナが弾かれたように顔を上げると、目の前に優美な手が差し出された。


「疲れましたか?」

「いいえ、大丈夫」


 答えてみせたが、彼はそのまま手を差し出している。少しだけ躊躇って、断り続けるわけにもいかずそれに手を重ねてみた。昨夜の話を聞いて、少しばかり警戒が解かれたというのもある。奥に進むにつれてあちこちが崩れかけた古い城の廊下は、瓦礫などで確かに歩きにくくなっているため、これは純粋に彼の親切だと思いたい。

……まあ少々下心があったとしても。


 セイは満足そうに笑って、彼女の手を引いて歩き出す。


「ああっ!コラそこのキラキラ!ボクのディアナに触るなってば!油断ならないね!」


 イールがまたぶちぶちと文句を言ったが、セイはあははと笑うだけで少女の手を放さない。


「君の大事な相棒は、今は僕にとっても大事な相棒なんですよ」


 告げられた言葉に、ディアナの心臓が小さく跳ねた。彼女がイールに使う言葉とは、ちょっとだけ意味が違っているように聴こえたから。

 けれどイールは彼女の様子に気づかず、ポンポンと言葉でセイに絡む。


「その理論でいくと、ボクも君の大事な相棒じゃん。頭に乗っていい?ねえ乗って良い?面白い絵になるだろうけど、相棒だもんね。我慢してくれるでしょ」

「良いですけど、魔物が来たら危ないですから。ここを出てからね」


 ちらり、と向けられたアクアマリンの瞳と、その手の大きさと力強さにドキドキした。

 いくらかの魔物をやりすごし、静かになった廊下を横切って進んで行く背中を見つめて。つい言葉が漏れた。


「あなたはどうしてこんなところまで付き合ってくれるの。父さんに言われたからって、あなたには関係ないのに。命の危険もあるのよ」


 セイは彼女を振り返った。その表情は穏やかで、淡く微笑んでいる。


「ディオリオは尊敬する先生で、大事な友人です。彼が一番大事にしているあなたを護りたいと考えるのはおかしいですか?」


 その言葉は昨夜のセイの瞳を思い出させ、ディアナの心を揺らして。

 罪悪感を含んでいたとしても、彼の本心からの言葉だと分かっている。だから思わずいいえ、と答えていた。


「それに」


 彼はクスリと笑って、少しばかり瞳に妖艶な色を浮かべる。


「あなたをもっと知りたい。傍に居たいと、そう思ったんです。誰かをそんな風に思うのは初めてですから、どうか許して下さい」


 そんな笑顔を見せないで。何だか胸が苦しい。


 ディアナは俯いて、彼の視線から逃れた。それが今出来る、精一杯だった。

 彼の人柄や、人間的な誠実さも伝わってくるのに、恋の言葉だけを信じられないのは何故だろう。普通に出会って時間を重ね、想いを告げられたなら、とっくに彼を好きになっていたかもしれないのに。


──信じられない、のではなく。信じたくない、からなのか。

 引きずり込まれるのが怖い。ディオリオやイール以上に、大切な相手を作るのが怖い。両親や兄の様に失うかもしれないとなれば、なおさら。


「セイ、私は……」


 言葉を継ごうとして、躊躇った彼女の手を引いて。


「……わかっていますから、大丈夫ですよ」


 繋がれた手に微かな力を込められて。掛けられた言葉にハッとした。

 ディアナがセイを見上げた時には、もう彼は前を向いていた。

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