懐かしい顔
「萩本君?」
市役所の廊下を歩いていたら後ろから声を掛けられた。立ち止まって振り向くと、そこにはすでに懐かしいと感じる顔があった。
「霧島、さん」
霧島が軽く手を挙げる。
「久しぶりだな」
「はい」
「部署が違うとなかなか会わないもんだな」
「ですね」
笑顔がぎこちなくなる。
どうしてか、うまく笑えない。
「異動先はどうですか?」
「まあ、ぼちぼちやってるよ。そっちこそ、最近はどうだ?」
霧島が柔らかく笑った。
結局、霧島はあれから一度異動を断って通常よりも長く生き返り課に在籍していた。それ今はもう別の部署にいる。異動するとき、部署の名前を聞いた気がするが思い出せない。
「お陰様で、なんとかやってます」
なにがお陰様なのか、自分でもわからないまま定型の言葉だけが口から出る。
そして、話すべき事があったと思い出した。異動先がどこなのか忘れても、これはさすがに忘れていたら失礼だ。
「霧島さん、安原さんとご結婚されたんですよね」
「ああ、今あいつ産休に入ってるんだ」
「え、そうなんですか? おめでとうございます」
照れくさそうに言う霧島に合わせるように、和季も笑ってみせる。
「俺は退職してくれてもいいと考えてたんだけどな。絶対しないなんて言われて驚いたよ」
「それは、続けた方がいいと思いますよ。しっかりした奥さんでよかったじゃないですか」
「そうかもな」
こんな風に霧島と話す日が来るなんて、最初は思いもしなかった。むしろ、白瀬のことを悪く言われたときには一生わかりあえないと思ってしまったくらいだ。
だが、和季が担当した親子の一件以来、霧島は少し丸くなった気がする。
和季の側の霧島に対するイメージが変わったから、というのもあるのかもしれない。あの時は本当に助けられた。霧島がいなければ、和季はここに立っていなかったかもしれない。
それはそれでよかったのかもしれない。
生き返りと接することで無駄に悩んだりしなくても済んだのかもしれない。
今となっては、どちらがよかったのかわからなくなっていた。
だが、霧島を責めるわけにもいかない。それは八つ当たりというものだ。それくらいはわかる。
「あいつ、本当に意外としっかりしたところがあるんだよな。いつもはぼんやりしているように見えるくせに侮れないというか」
霧島の言葉は、和季にとってはほぼのろけのように聞こえてくる。仲が良くて何よりだ。
遠い世界のことのように、和季は思う。
二人は生き返り課にいたときから、よく話していたような気がする。
あの霧島によくフレンドリーに話し掛けられるものだと思っていたが、あの時から二人は付き合っていたりしたのだろうか。
「萩本君は大丈夫か?」
「何が、ですか?」
「……いや」
霧島が言い淀む。
だからこそ白瀬のことを言おうとしているのだと、すぐに察してしまった。
「大丈夫ですよ」
「そうか、それならいいんだが」
これ以上何も言わない方がいいと悟ったのか、霧島はそこで言葉を止めた。
心配してくれているとわかるのに、何故だか心に響かない。
もはや同じ部署にいないとはいえ、霧島とひよりは一緒に仕事をしていた仲間で、白瀬のことがあってからは二人とも何かと心配してくれていた。その二人に幸せなことが起こっているのだ、一緒になって喜びたい。それなのに心の底からは喜べない。
それどころか、一人だけ取り残されている気がする。
「無理はするなよ」
霧島が優しい言葉を掛けてくれる。
「……はい」
ありがとうの言葉すら、出てくれない。
そんな自分が、嫌だ。




