答えを探して
松下が言ったとおり白瀬が入院してからすでに一年近くが経つ。それだけの時間が経っても、白瀬はまだ意識を取り戻さない。何も言わず、ベッドの上で横たわったままだ。
いわゆる植物状態だ。
白瀬は事故に遭ったとき、脳を強く打っている。時間が経てば経つほど、意識を取り戻す確率は低くなる。
同じような状態になった患者が十年以上経ってから、意識を取り戻したという例もある。が、それはほぼ奇跡に近い。もしも起こったら、奇跡としてニュースで取り上げられたり、テレビ番組でドキュメンタリーになったりするくらいだ。
ほとんどの患者はゆるやかな死を迎える。
植物状態になってから一年以上が経った場合には意識が回復する見込みが薄い。植物状態になってからの期待余命も数年。稀に数十年生きることもあるらしいが、意識を取り戻すとは限らない。もしも意識を取り戻したとしても、以前のように生活できる可能性はとてつもなく低い。
白瀬がこの状態になってから、和季は様々な事例を調べた。そして、辿り着いたのは、ほんの少しの希望と深い絶望だった。
だが、まだ一年だ。奇跡は起こるかもしれない。
確率の問題だ。
奇跡が白瀬に起こらないとは誰も言えない。
植物状態になっていても話し掛けている言葉か聞こえている場合もあるという。奇跡的に目覚めた患者が自分の周りで人が話していたことを覚えていると語った例もある。
刺激を与え続けることで回復することもある。
家族でもなんでもない和季に出来ることは、お見舞いに行って声を掛け続けることくらいだ。話し掛けることが刺激になることもあるという記事を見たからだ。
身体を動かしたり、触れたりすることも刺激になるらしいということも知ったが、さすがにそれは躊躇われた。白瀬の許可無くそんなことは出来ない。
だから、和季はせめてもの思いで病室に行く度に白瀬に話し掛けていた。その内容は日によって様々だ。なんでもない、ただの雑談をするつもりで話した。
『仕事が上手くいきました』
『仕事が上手くいきませんでした』
『担当した生き返りに感謝されて嬉しかったです』
『霧島さんが前より柔らかくなった気します』
『相変わらず課長のコーヒーはすごい甘さです』
『スーパーで買った弁当が意外と美味しかったです』
『あなたが好きなキャラクターのグッズを見つけましたよ』
『今日はいい天気でした』
『早く、会いたいです』
本当に白瀬が聞いていたら、恥ずかしいことを話している気がする。聞こえているなんて、実のところ和季も信じていないのかもしれない。
最初は信じていた。
けれど、段々よくわからなくなってきた。
どれだけ話し掛けても、白瀬は何の反応も示さない。
ただずっと独り言を呟いているような、誰もいない空間に向かって叫び続けているような、そんな空しさが時折襲ってくる。
白瀬が植物状態になってから経った時間は、本当に一年なのだろうか。
もう十年も経ったような気がする。
『あなたは、生き返りになって幸せでしたか?』
担当した生き返りに直接聞いたことは無い。さすがにそれは出来ない。
それでも、由梨の四十九日で汰一に会ってから、生き返り担当した時に心の中でいつも問い掛けるようになってしまった。
それと同時に、その周りの人にも問い掛ける。
『あなたは、大切な人が生き返りになって幸せでしたか?』
汰一の、あの幸せそうな辛そうな顔が忘れられない。
もちろん、生きていてくれればその方が良かったに決まっている。当たり前だ。
それでも、最期に時間を与えられた彼らが、和季には羨ましい。
生前の元気な姿になった最愛の人と、最期の時間を過ごせる彼らが羨ましい。
白瀬がいない今、和季は彼女の代わりになれればと努めてきた。少しでも生き返りの力になれるようにと奔走してきた。
白瀬の目が覚めたときに、誇れる自分でありたいと思ってきた。今だって思っている。
けれど、もう一つ。
こんなにも必死になっている理由はあるような気がしていた。生き返りの周りの人に自分を重ねている。
もしも、白瀬が生き返りになったら。
そう思うと、他人事のように思えなかった。
白瀬はまだ死んでいない。同列に並べるのはおかしいと思う。
おかしいとわかっているのに、考えずにはいられない。
もうすぐこの世からいなくなるとわかっていても、一緒に過ごせる時間がある彼らが羨ましい。
よく、わからない。
どちらが幸せなのだろう。
三日後に死に還るとわかっていて、幸せな時間を過ごした人間と。
いつ死ぬかわからない人を、目覚めるかもどうかわからない人を、ずっと待ち続けている人間と。
答えなんか、出るはずがない。




