残された人
四十九日の法要を終えて声を掛けてきた汰一は、電話で感じたとおり前に会ったときと随分印象が違っていた。
「この間は本当にすみませんでした。親身になってもらっていたのに気が動転していて……」
「あの状況では、誰だって平静ではいられませんよ」
「そう言ってもらえると助かります」
汰一の左手の薬指には、指輪が光っている。
「あの時は失礼なことばかり言ってしまった気がしているので、一度きちんと謝っておきたかったんです」
「そんな」
「実は、ほとんど覚えていないんですが。せっかくの三日間を無駄にしたらいけないって、無我夢中だったんです」
汰一の言葉遣いは前に会ったときとは全く違う。もっと乱暴な話し方だったはずだ。
松下の行ったとおり本当に前に会っていたときには気が動転していて、和季に対しての態度など全く気にしていなかったのだろう。今話している限り、特に印象も悪くない普通の青年だ。
やはり、人が死んだときというのは普段とは違う状況なのだと思い知らされる。とても大切な人が、もうすぐ永遠にいなくなるところだったのだ。
平静でいられるはずが無い。
「それと……」
何か言いかけて、汰一が口籠もる。下を向いてから、決意したように和季のことを見る。
「ありがとうございました。この前は言えなかったので」
あの時、和季のことを罵ってばかりいた汰一がお礼を言うなど、きっととても勇気がいることだったのだろうと想像できる。
「いえ、仕事ですから。でも、嬉しいです」
和季は笑ってみせる。
嬉しいと言ったのは本心だ。こんな風に、後からわざわざお礼を言ってくれる遺族は少ない。
仕事とはいえ、やはり感謝されるのは嬉しい。
あの由梨が選んだ人が汰一だったというのが、ようやくわかった気がする。まだ、ついこの間のことで立ち直ってもいないだろうに、和季のことを気遣ってくれるような人だ。
「ええと」
汰一が首から提げている和季の名札を見る。
「萩本さんが担当でよかったと由梨も言っていました。俺も、今思えば萩本さんでよかったと思います。もっと年配の人が来ていたら、あんな風に話せなかったんじゃないかと由梨が言っていたので。散骨も、調べてもらったお陰で無事に済みました」
「お役に立てていたのなら何よりです」
「……最期に本人の希望を聞いてやれて本当によかった」
そう言ってから、急に汰一は黙り込む。
まだ、彼は立ち直ってなんかいない。由梨のことを思い出しているのかもしれない。
声が掛けられない。
しばらくの沈黙があってから、汰一が口を開いた。
「本当に、よかった。だけど、辛かったです。悲しかった。……でも」
汰一は俯いたまま続けた。
「でも、俺は幸せでした」
汰一が顔を上げる。
その顔は泣きそうで、幸せそうだった。
「もちろん、死んでしまったのは悲しいです。よかったなんてことはないです。三日間と言わず、ずっとそばにいて欲しかった。でも……、生き返りにならなかった人よりは幸せなんだ、と思うことにした。そう、したんです。俺たちは挙げられなかったはずの結婚式だって挙げられた。思い出すのは辛いけど、誰にも由梨のことを話してもらえないのも辛いんです。周りはみんなまだ触れてはいけないものだと思っているみたいで、話題を避けるんです。だから、こうやって由梨のことを話せて嬉しいです。……やっぱり、救われたと思います。由梨が生き返りになって」
「救われた、ですか」
「はい。だって、最期に見た由梨の顔が笑顔だったから」
汰一は笑った。
無理しているようにも見えたし、本当に幸せそうにも見えた。
「きっと、萩本君にお礼を言いたかったのだろうね」
法要の帰りに和季の運転する車の助手席に座った松下が、ぽつりと言った。
「その為に、僕は呼ばれたんでしょうか?」
「私はそう思うよ」
今日の松下は、特に前に出ることもなく和季を気遣うようについていてくれた。本当にいい上司に恵まれたと思う。
「前に会ったときよりも元気になっていたようでした。無理しているのかもしれませんが」
「それはよかったじゃないか。萩本君が一生懸命仕事をしたから、というのもあるんじゃないかな」
「……だと、嬉しいです」
生き返りになった人や、その周りの人達が少しでも心残りの無いように過ごせていたら和季は嬉しい。そう思えるようになったのは、最初にこの仕事を教えてくれた白瀬のお陰だ。
白瀬がいなかったら、きっとこれまで生き返り課で和季がしている対応は別のものになっていた。
全ては彼女がいたからだ。
「今日はついてきてくださってありがとうございました。一人だと、行く決心もつかなかったので」
ミラー越しの松下が微笑む。
「まだ白瀬さんの所には行っているのかい?」
心の中を見透かされたような言葉に、一瞬どきりとする。
「……はい」
「あれからもう一年か……。早くよくなるといいのだけれどね」
白瀬が事故に遭ったとき、目覚めないと知ったとき、和季の動揺は尋常では無かった。当時は周りのことなんか目に入らないくらいだった。和季が白瀬に対して特別な感情を抱いていることは、誰の目にも明らかだったと思う。
思い返すと恥ずかしい。けれど、今更取り繕っても仕方が無い。




