病室にて
「みんなに、心配掛けちゃいました」
返事は無いとわかっていながら、ベッドに横たわる白瀬に語りかける。
「でも……、僕頑張りますね。白瀬さんが帰ってきたら、任せていて安心だったと言ってもらえるように。あんまり無茶はしないようにしますけど」
冗談に出来るレベルではないのだが、冗談めかして言ってみる。
「って、白瀬さんも結構無茶はしてましたよね。スポーツカーぶっ飛ばしたり。あれはびっくりしました」
白瀬の表情は動かない。
けれど、いつか。
白瀬には、『いつか』がある。
昇たち生き返りには無い『いつか』が、きっとある。
あるはずなのだ。
その日が来たら、白瀬と笑って話せる自分でいたい。
「ああ、そうだ。今回は霧島さんが助けてくれたんですよ。びっくりしました。白瀬さんも、きっとあの場にいたら驚いたと思います」
言葉にしてみて、やはりあの時の霧島の態度はいつもと違っていたと改めて思う。
あの時は、頭の中がぐちゃぐちゃで深く考えることもしなかった。
松下の厳しい態度は和季のことを心配してくれていたからこそだと知って、涙が出そうだった。和季が昇を母親に会わせることが出来たのは、霧島が松下を説得してくれていたのだと知って感謝した。目上の人にそんなことを思って失礼だとは思うが、正直霧島を見直した。
「けど、なんでだったんだろう……」
明らかに、今回の件に対しての態度はいつもの霧島と違っていた。
頭に何かが引っ掛かる。
そういえば、大西が説明に来てくれたときにはなんだか調子が悪そうだった。あれも何か関係があるのだろうか。
「あ」
そうだ。
霧島の母は少し前に亡くなった。あれから色々あって忘れていたが、霧島は母が亡くなったとかで忌引きしていたはずだ。
あの時には、辛そうな顔すらしていなかった。母が悲しくないというようなことを言っていたのを覚えている。あまりにもさらりと言っていたから、肉親の死にすら感情が動かされないような冷たい人間なのかと思っていた。
それに確か、ひよりが霧島は母子家庭だと言っていた気がする。
「もしかして、霧島さん……」
自分のことに重ねて考えてしまったと考えると説明がつく気がする。
「でも、あの霧島さんが?」
考えていても和季は霧島ではないからわからない。
そういえば、霧島にきちんとお礼を言うのを忘れていた。松下に頭を下げたのは覚えている。あの後、霧島にも何か言っただろうか。あまり記憶が無い。
和季のことを心配していてくれたという、松下の言葉は覚えている。
あの言葉を聞いて、急に力が抜けた。泣きそうになった。
ひよりも心配していたと、声を掛けてくれたような気がする。
しかし、今回の件で一番奔走してくれていたと思われる霧島から声を掛けられた覚えは無い。
霧島に関しては、白瀬のことを悪く言っていた印象が強い。まだ白瀬がこうなる前のことだったが、あれは忘れられない。
あの時、和季は霧島に反論してしまった。露骨に嫌な顔をされ、それからほとんど話さなくなった。
だから、和季が霧島のことをよく思っていないのと同じように、霧島も和季のことを嫌っているのだと思っていた。
「……だけど」
今回は本当に霧島に助けられた。
考えてみれば、あれは和季が困っていると思って言ってくれたと解釈することも出来る。あの時は白瀬を悪く言われていることに気を取られて、そんなことは考えもつかなかった。
霧島の真意はわからないが、とりあえずお礼は言っておきたいと思った。
和季が助けられたのは、そして、霧島のお陰で昇が最期に母親に会えたのは確かなのだから。




