昇の笑顔
車を止める。路地の先にある小さな公園のようだった。細い道に入らなければならないので、車からは降りなければならない。周りは昔ながらの住宅街だった。
まだ来ていないのか、すでに見回った後なのか、この場所の周りに警官がいないのが幸いだった。
この先に母親がいると確信しているのか、昇は走り出す。和季はそれに続く。
あれから携帯は鳴っていない。
路地が途切れる。光が射す。和季は眩しさに、目を細める。
公園はがらんとしていた。誰もいない。
風にすら揺れていないブランコ。コンクリート作りの、白い塗装がところどころ剥げたすべり台。錆が目立つジャングルジム。
住宅の塀に囲まれた公園には隠れるような場所も無い。背の低い木が植えられているが、大人がしゃがんでもすぐに見えてしまうような大きさだ。
「お母さんっ! お母さーん!」
昇が叫ぶ。本当は止めなければならない。大声を出せば見つかってしまうかもしれない。ここは昇の住んでいたアパートに近い。
ただの子どもの声と思って気にしないでくれるのを願うしかない。
昇の必死の叫びが小さな公園の中に響く。おぼつかない足取りで公園の中を走り回る。隠れる場所なんてどこにもないのに、どこかにいるのではないかと必死に探している。それを和季はそれを止めることも出来ない。
別の場所を探せば、まだ希望はあるだろうか。このまま、昇は母親と会えないままなのだろうか。
だとすれば、昇と母親と二人同時に生き返りが起こった意味とはなんなのだろう。何の為に二人で同時に生き返ったのか。それは、親子二人が一緒にいられる時間を少しでも延ばすためではなかったのか。
このまま、何も出来ないまま終わってしまうのか。
ここまでなのか。
和季は空を仰ぐ。遠く、パトカーのサイレンが聞こえてくる。
……違う。
和季は拳をぎゅっと握りしめる。
和季よりもずっと前から親子に関わっていた大西も、和季を信じて託してくれた。そして、何故かはわからないが霧島も今回は助言をくれた。
昇も和季を信じて、ここまでついてきてくれた。そして、今も痛切な叫びで母親を呼び続けている。
和季だけが諦めるのか。ここで膝を折ってしまうのか。
違う。
最後までやり遂げるべきだ。
当てなどない。
それでも諦めたくはない。
時間が来るまで探し続けよう。
他に心当たりの場所がないか、昇にも聞いてみればいい。
時間が惜しい。
残された時間は、あまりに短い。
「昇く……」
昇に声を掛けた。
そのときだった。
「昇?」
知らない女性の声がした。
昇が弾かれたように振り返る。その顔が、みるみるうちにくしゃくしゃになる。転がるように走り出す。
「……お母さん!」
昇の顔が見たこともないくらい輝いている。
「……ありがとうございます」
女性が和季に向かって深々と頭を下げる。和季が恐縮してしまうくらいだ。
昇の母親は、とてもまともに見えた。まだ若い。和季よりも少し年上なだけに見える。ただ、昇を抱いて泣き続けていたせいで目が腫れている。彼女はずっと、昇に向かってごめんねを言い続けていた。
ひとしきりそうした後、ようやく和季の存在に気付いたのだ。最初に和季を見たときには警戒された。昇を抱えて逃げだそうとしたくらいだ。
だが、すぐに昇が二人を会わせる為に手伝ってくれたのだと、たどたどしく説明してくれた。
「通報は、しないんですか?」
「はい」
「逃走犯ですよ。それなのに、信じてくれるんですか?」
「だって、昇君がすごく会いたがっていたお母さんなんですから。悪い人ではないのだと思います。昇君、ずっとお母さんに会いたいと、それだけしか言っていませんでした」
女性の目の端に、じわりと涙が浮かぶ。
「あの、えっと、どこか行きたいところはないですか? ここにいると見つかってしまうかもしれないです」
「私は、昇に会えただけでもう充分なのですが……」
「ぼくは動物園、行きたいよ」
隣にいた昇が、はいはいと手を上げる。その顔があまりに輝いていて、和季は女性と顔を見合わせて微笑んでしまう。
今まで見たこともないような顔で、昇は笑っていた。
その顔を見ることが出来てよかったと、心から思う。最期まで暗い顔をさせたままで終わらなくて本当によかった、と。
「よし、行きましょうか。動物園」
「いいんですか? あの、ご迷惑じゃないですか?」
「もちろんです。私の仕事は、生き返りの方々に心残りの無いよう過ごして頂くことですから」




