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熱を持った声

 小さく息を吸って、通話のボタンを押す。


『もしもし、萩本君?』


 松下の声だ。


『やっと繋がったね』


 あまり想像出来ないが、さすがの松下でも最初は怒られると思った。行動に移す前に、松下には相談していた。施設の職員には出掛けるとだけ言ったが、松下は和季がただ昇を連れて外に出ただけではないと知っているはずだ。

 電話越しに聞こえてきた声はいつも通り穏やかだった。最初は、そう聞こえた。


『昇君は、そこにいるんだね?』

「……はい」

『すぐに施設に戻りなさい。警察には少し外に出ていると言ってあるだけだが、さすがにそう長くは言い訳できない』


 松下の言葉は静かだ。けれど、有無を言わさぬものがあった。


「あの、戻ったら昇君はどうなるんでしょうか?」

『もちろん、警察に保護してもらうことになる。それが一番安全だからね』

「そう、ですか」


 もしかしたら、松下は手助けをしてくれるのではないかと都合のいいことを考えていた。だからこそ、すがる思いで電話に出たのだ。


『今、どこにいるんだい?』


 このまま戻った方がいい。頭では、わかっている。

 けれど、


「どうしたの、お兄ちゃん」


 何かが起こっていることを察したのか、昇が和季を見上げてくる。


「……め、です」

『なんだい?』

「駄目です! 昇君をお母さんに会わせてあげたいんです! でも、全然見つからなくて。どうしていいのか……」

『そうだとは思っていたよ。……けれどね、私たちにはそんな権限は無いんだ』

「そんな……」


 電話になんか出なければよかった。

 松下の言うことは正しい。和季のやっていることは間違っている。

 すっと心が冷える。

 昇の目が見られない。

 諦めてしまおうか。

 このまま闇雲に行動したとして、昇の母を見つける自信も無い。


「あの……」


 帰ります、そう言ってしまいそうになったときだった。


『……す………ません、課長』

『っ、霧島君!?』

『霧島さん、何やってるんですか~』


 電話の向こうでがさがさと音がした。もみ合っているように聞こえる。


『聞こえているか?』

「霧島さん?」

『……ちょっと、霧島君!?』


 松下の声がさっきよりもずっと小さい。近くに聞こえているのは霧島の声だ。強く言わない松下の代わりに、和季のことを怒鳴り飛ばそうとでもしているのかと身構えた。

 が、


『昇君の母親はまだ捕まっていない。チャンスはある』

「え?」


 一瞬何を言われているのかわからなかった。


「まだ、捕まってない……」


 思わず言われたことを繰り返す。時間差で、昇の母がまだ逃走中なのだと頭に入ってくる。


「あ、あの。チャンスって」

『母親に会わせるんだろ。今、どこだ』

「ええと……」


 教えてしまえば、警察がここに来るかもしれない。霧島のことだ。一度協力してくれると思わせておいて情報を聞き出すくらいやりそうに思える。


『時間が無い。会えなくなってもいいのか』


 だが、今話している霧島は、いつもの霧島とは違う気がした。

 普段なら冷たく思える霧島の声が、今は熱を持っている。電話越しでもそれがわかる。


「昇君の家の近くです」


 だから、口に出してしまった。


『その周辺を探し回ってるわけか』

「でも、家の周りには警官がいて」

『だろうな。さすがに、そこに飛び込むことは無いだろう。昇君に聞いてみてくれ。お母さんの行きそうな場所は無いか。本人達にしかわからないような場所は無いか』

「……霧島さん?」

『いいから急げ。見つかるぞ。一旦切る。とにかく探してみろ。何かあったらまた連絡するんだぞ』

『ちょっと! 霧島君。勝手に!!』


 最後に松下の声がして電話が切れる。携帯電話の耳を当てていた部分が、じっとりと汗で湿っていた。


「なんの電話だったの? お母さん見つかった?」


 昇の声に我に返る。

 まだ出来ることはある。霧島がそれを教えてくれた。

 何故。

 今は、そんなことを考えている時間は無い。


「昇君」

「なに?」

「お母さんが行きそうなところって知らないかな」

「……行きそうなところ」


 考え込むように昇が宙を見る。


「いっしょに行くスーパーとか」

「他には?」

「う~ん。あ、よく行ってた公園かな?」

「そこ、近い?」

「うん」

「道わかる?」

「わかるよ! お母さんいるかもしれないね!?」

「案内してくれるかな」


 アクセルを踏む足に力を入れる。


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