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望みを叶える方法

 そして最終日、昇にとっては最期の日だ。

 昇は相変わらず無表情で和季と向き合っていた。

 昇自身も、今日が最期だと知っているはずだ。

 母親に殺されたこの子は、一体何を思ってこの三日間を過ごしているのだろう。自分を殺した母親に会いたいと言ったこの子は。

 心中については何も聞いていない。思い出したくないことを思い出させてしまうのではないかという不安もある。

 聞く勇気が和季には無い。

 和季はいつの間にか下を向いてしまっていた顔を上げる。


「昇君は何が好き?」


 精一杯笑ってみせる。せめて何か、少しでも楽しいことが出来たらと思う。今、和季に出来るのはそれくらいだ。


「電車? ロボット? それとも車?」


 思い付くものを羅列してみる。

 和季はなんでも叶えられる神様ではない。それでも、出来ることはしてあげたい。そう思っているのに。

 自分の不甲斐なさにため息を吐いてしまいそうになっているところに、急にポケットに入った携帯が鳴ってびくりとする。

 昇も無表情な顔を上げて、音に反応していた。画面を見ると松下からだ。


「ちょっとごめんね」


 何か緊急の用だといけないと思い、昇に断って電話に出る。


『もしもし、萩本君?』

「はい」


 松下の声はどこか緊張しているように聞こえた。


『そこに昇君はいるかい?』


 いつもの穏やかな響きではなく、張り詰めたような雰囲気が電話口から漂ってくる。


「います。どうしたんですか?」

『その子には聞かせたくないことなんだ。少し席を外せるかい?』

「? はい、少し待ってください」


 言われて、昇を見る。特にこちらに興味は無さそうで気にすらされていない。


「すぐ戻ってくるからね」


 和季が戻ってくることなど期待されていないとわかっていながら、一応言い置いて立ち上がる。


「廊下に出ました。どうしたんですか?」

『そうか。なら、聞こえる心配はないかな。落ち着いて聞いて欲しい。……昇君の母親が、留置所から逃走した』

「えっ!?」


 思わず大声が出てしまって、慌てて両手で口を塞ぐ。さすがに大声だと昇に聞こえる。それはまずいかと思い、もう少し部屋から離れようと移動する。


「どういうことですか?」


 唐突すぎて理解が追いつかない。


『うん、私も詳しくは説明されていないんだけどね。警察から連絡が来たんだ。昇君のこともあるから、何かあったら遅いということでね。今、警察もそっちへ向かっているところだよ』

「昇君のお母さんはこの場所を知ってるんでしたっけ?」

『知らないはずだよ。けど、念の為に昇君を警察で保護したいということだ』

「……じゃあ、僕の仕事はここで終わりですか?」

『残念だけどね。もうすぐ警察もそこへ着くと思うから、対応をお願いできるかな』


 それが、昇に出来る最後のことなんてなんだか悲しすぎる。昇はこのまま何も楽しいことも無いまま、望みも叶えられないままで死に還っていくのだろうか。昇に生き返りが起きた意味とは何だのだろう。

 和季がしてあげられることとは何なのだろう。

 白瀬がいたら。

 白瀬がいたら、このまま昇を警察に引き渡してしまうのだろうか。


『萩本君。聞いてる?』

「……あっ。は、はい」


 松下に返事すらせずに考え込んでしまっていた。

 白瀬がいたら。

 和季の頭の中に、一つの考えが浮かんだ。

 白瀬がいたら、それをやるだろうか。

 本人がいない今、彼女の考えを聞くことは出来ない。ただ、自分が出来ることだと思ったら、それを生き返りが望んでいるのなら、なんとかしてやり遂げようとするだろう。

 喉の奥から出掛かっている言葉は、きっと飲み込んだ方がいい。理性ではわかっている。

 白瀬だって、こんなことするかどうかわからない。これは、和季が考えたことだ。仕事の範疇も超えている。

 これはやってはいけないことだ。

 ただ、一つだけわかることがある。昇はきっと、喜んでくれる。ほんの少しだけでも満足して死に還ることが出来るかもしれない。


「……あの」


 喉がひりひりする。


「昇君をお母さんに会わせてあげることは出来ませんか?」

『昇君をお母さんに会わせる? どういうことだい?』

「こっそり連れ出して、会わせてあげるんです。今なら出来るかもしれません。塀の外に出ているんです。もしも、警察よりも先に見つけられたら、会わせてあげられるかもしれないですよね?」


 一息で言ってしまう。

 沈黙があった。

 その後、松下が深く息をする音が聞こえた。


『それは、無理だよ』

「どうしてですか」


 反論しながら、自分でも無理なことを言っているとわかっている。


『昇君を危険に晒すかもしれない。相手は昇君を殺した人で、逃亡犯でもあるんだよ』

「そんなお母さんじゃないと思います。昇君があんなに会いたがっているんだから、いい人、だと思います。大西だって、二人は仲のいい親子だったと言っていました」


 仮定でしか無い。和季だって本当は知らない。だが、言い出したら止まらなかった。


『私だって会わせてあげたいと思っているよ。それが昇君の願いならね。だけど、勝手にどうこうすることは出来ない。私だって悔しいんだ』

「……」


 言い返す言葉が無い。

 これ以上言っても、きっと松下は首を縦には振らない。


『警察が着くまで昇君を頼みますね。それと、そこの職員の方々にも説明をお願いできるかな。警察が来たときに対応してもらわないといけないからね』

「……わかりました」


 通話が切れる。

 和季は通話が切れた携帯電話の画面を少しの間ぼんやりと見ていた。

 しばらくそうしていた後、和季は携帯をポケットにねじ込んだ。

 静かに息を吸い込んで、塊のようなそれを吐き出す。

 肺に空気が行き渡らないような感覚。何かが詰まっている。

 息の仕方を忘れてしまったように、苦しい。

 和季は窓の外の空を見上げる。

 いい天気だ。

 こんなところでちっぽけな人間が悩んでいることなんて知らないように、空は青い。


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