叶えられない望み
「勾留後、七十二時間は面会できないって……」
和季は電話の向こうに聞き返してしまう。
「……なんとか、ならないんですか?」
『すでに死亡しているとはいえ、特別とはいかないみたいなんだ』
「家族でもダメなんですか?」
『ああ』
電話越しで表情はわからないが、松下の声も辛そうだった。
事情は説明した。どこに連絡をすればいいのかわからなかったので、一度松下に相談してみたのだ。
「七十二時間って生き返りの時間そのままですよね。それじゃ、絶対に無理ってことじゃないですか」
『そういうことになってしまうね』
「あの、なんとか……。僕も電話してみます。なんなら、拘置所に行って交渉します!」
『私も電話で交渉したんだよ。今、萩本君に掛け直す前にね。けれど、規則は曲げられないと言われてしまってね。さすがに私も警察にまでは介入できない。すまない』
「そんな……」
『だから、他にも何か出来ることが無いか聞いてあげてもらえないかな。出来ることならやってあげて欲しい。私だって本当は会わせてあげたいよ』
これ以上、松下を責めても無意味だ。かと言って、もう一度和季自身で問い合わせることも出来ない。最善を尽くしてくれたに違いないからだ。
どんな顔で昇に説明すればいいのか、わからない。ようやく昇が望んだ、和季に望みを言ってくれた唯一のことなのに、それを叶えてあげられない。
通常の事件ならば仕方が無いと思えることでも、時間が限られている今回は特別に許してくれてもいいのではと思わずにいられない。
もっと泣くかと思った。和季のことを罵ったり、叩いたり、そういうことをするのだと思った。
母親に会うのは無理だと伝えたとき、昇がしたことは、ただ拒絶だった。
すっと表情が冷めて、何も見ていないような目になって、和季に興味を無くした。和季のことを見なくなった。
期待させたことを後悔した。
昇が他の大人には断られたと言っていたのに、自分には出来ると一瞬でも思ってしまったのがいけなかった。
こんなことなら、何もしない方がよかったのか。
「ごめんね」
昇には聞こえているかもわからない。なんの反応も返してくれない。
「また明日来るから」
すでに外は暗くなりかけている。何も出来ないまま、昇の時間はどんどん減っていく。
正直、このまま何も出来ないままで明日もう一日昇と過ごすのは辛い。明日来て状況が変わらないようなら、すぐに帰った方がいいかもしれないなどと考えてしまう。仕事としては問題無いのだから。
それに、一人で過ごす方が昇には合っているのかもしれない。
だが、白瀬だったらこの状態で放っておくことが出来るだろうか。
今、和季の思考を決めているのは、結局それなのだ。彼女がいないなら和季がやるしかない。
白瀬本人に相談することが出来たらどんなにいいだろう。
「じゃあ、また明日ね」
手を振っても、昇はそっぽを向いたままだ。
* * *
生き返り課に戻ったときには、まだ定時前だった。
「大丈夫だったかい?」
松下が心配そうに声を掛けてくれる。
「あれから話もしてくれなくなってしまって……」
「そうか。力になれなくてすまないね」
松下がうなだれる。
「いえ、ありがとうございます」
辛そうな松下の顔を見れば、本当に交渉が上手くいかなかったことがわかる。もう一度、帰ったらなんとかならないのか話してみようと思ったが、これ以上詰め寄ることが出来なくなってしまった。
「課長もなんとかしようとしてたんだけどな。さすがに今回の件は難しいだろう。残念だけどな」
擁護するように、霧島が口を挟んだ。和季は思わず振り向く。
「ん? なんだよ」
「あ、いえ……」
仕事に関して霧島が残念だなどと感情を交えて話しているのは初めて聞いた。霧島でもそんな風に思うことがあるのだと、意外に感じてしまったのだ。今までも口にしていたことはあったかもしれないが、今の言葉はいつもと違う感情がこもっているような、本当に残念だと思っているような口調だった。そんな気がした。
「けど、子どものお守りなんて大変だな」
が、すぐにいつもの皮肉ったような口調に戻る。
「え、大人の相手よりは楽しそうじゃないですか~」
霧島の隣ではひよりが脳天気な声を上げている。
「あ、でも、大変な子なんだよね。うん。それは大変だよね。もう一日頑張ってね」
一応フォローしてくれているのだろうか。
もしもこの場所に白瀬がいたら、どんな言葉を掛けてくれていただろう。一緒に行くと言ってくれたかもしれない。
きっと一緒にどうすればいいのか考えてくれていただろう。
けれど、ここに白瀬はいない。白瀬の代わりに何かを出来るのは和季しかいない。




