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昇の望み

 和季は身をかがめて、昇と目線を同じにする。昇が身体を引いた。やはり、意識的になのか無意識になのか人と距離を取ってしまうようだ。

 目線を合わせると落ち着くかもしれないと思ったが、無理矢理やるのは逆効果に違いない。

 和季は一度身体を引いて、昇と距離を取った。


「昇君、昨日も聞いたけど、何かしたいことはある? お兄ちゃんでよければ出来ることなら手伝うよ」


 なるべく優しい声で語りかける。


「あのね、昇君の時間は明日までしか無いんだ。だから、やりたいことがあったら遠慮しないで言っていいんだよ」


 口に出してしまってから、残酷だったかと思う。

 子どもであっても、生き返りだということはきちんと説明されるし、本人も理解している。

 生き返りはみんな自分に残された時間が三日間しか無いことを最初から知っている。どうやら、生き返りが起こった時点で誰にも説明されずとも、本人は自分が生き返りだということを認識出来ているらしい。

 子どもであっても例外では無いようで、もちろん昇もそれを知っている。だが、どこまで理解できているかはわからない。


「ごめん。昨日もう少しきちんと話をするべきだったね」

「……しってる」

「!」


 小さな声だった。怒っているような、不機嫌なような。


「わかってる。ぼくは生き返りだから。もうすぐ、ぼくは、いなくなるってしってる」


 初めて聞く、昇の声だった。

 久しぶりに聞く、生き返りの声だった。

 耳を塞いでいた。会話はしていても、何も聞いていなかった。全てが事務的で、作業でしか無くて。

 白瀬の姿が生き返り課の、あの席から無くなったとき、和季は全てを拒んでしまった。

 和季は微笑んだ。

 白瀬なら、昇に向かって向けていただろう笑顔を思い浮かべて。

 放っておくという選択肢はきっと白瀬には無い。

 昇は黙って下を向いている。

 だが、


「……っ」 


 微かに漏れる声を、確かに和季は聞いた。

 昇が何か言いたそうに、口をもごもごとしている。見逃してしまいそうな小さな仕草だ。

 昇と目が合った。だが、すぐに下を向いてしまう。

 言いたくても言えない。そんな風に見えた。


「あのね。なんでもいいから言ってみてね。何かで遊びたい? それとも、どこかにお出掛けしたい?」


 もしかしたら、この子はやりたいことも言えずにずっと我慢してきたのかもしれない。暴力を振るわれていたのなら何を言っても聞いてもらえないことに慣れてしまっているのかもしれない。

 和季は、ただ待った。


「……っ」


 昇が下を向いたまま小さく声を上げた。


「ぼく……」


 意を決したように、昇が口を開く。


「お母さんに、あいたい。むりって、言われたけど」


 今にも泣きそうな顔。昇は心中で母親に殺されたはずだ。そう聞いている。

 その母親に会いたいと思っているとは考えつかなかった。


「……わかった」


 和季は頷く。

 それが昇の望みなら、きっと白瀬も会わせてあげたいと思うだろう。


「え?」

「頼んでみるよ。無理かもしれないけどやるだけやってみる」

「ほんとうに? みんなダメだって言ったよ」

「誰が?」

「おとなの人たち」

「……そっか。でも、もう一回聞いてみるよ」


 ほんの少し、昇の目に期待の光が宿る。その光を、和季は消したくないと思った。


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