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白瀬の母

 仕事帰り、いつものように白瀬の病室に向かうと先客がいた。


「あら、こんばんは」

「……こんばんは」


 夕方にはあまり会うことが無かったので油断していた。

 出来れば、病室に誰もいない方が落ち着く。無駄に気を遣いたくない。


「いつもお見舞いに来てくれてありがとうね」

「いえ」


 すでに何度か顔を合わせているので、覚えられてしまっている。

 和季に微笑み掛ける白瀬の母は、最初に会ったときよりも痩せているように見えた。その顔が疲れているときの白瀬と重なって、目を逸らす。


「よかったら座って」

「あ、ええと……」

「遠慮しないで。仕事帰りで疲れているんでしょ?」


 白瀬の母が、ぽんぽんと丸椅子の座面を叩く。


「あの、お邪魔なら今日は帰ります」


 白瀬と二人ならいいが、誰かが病室にいるのは苦手だ。


「そんなことないわよ。私以外の人だって来てくれた方が藤乃だって嬉しいに決まってるんだから」

「じゃあ、少しだけ……」


 お言葉に甘えて、というよりも勢いに押されて和季は椅子に腰掛ける。

 最初に個室のドアを開けたときに、会釈をして立ち去ればよかった。タイミングを逃してしまった。


「萩本君、よね?」

「はい」

「本当に、いつも来てくれてありがとう。この子、無愛想だから昔っから誤解されるタイプでね。こんなに心配してくれる人がいてくれてありがたいわ」


 何度か顔を合わせているから名前くらいは名乗っているが、腰を落ち着けて話すことはこれまで無かった。


「藤乃と同じ職場なのよね」


 いつも白瀬のことは名字で呼んでいたから、下の名前を聞くのは新鮮な感じがした。


「はい。とてもお世話になっています」

「もしかして、藤乃が教育係をやっていたっていう?」

「教育係というか、色々教えて頂いていました」

「やっぱりそうなのね」


 白瀬の母が、ふふっと笑う。

 何がおかしいのだろう。


「ああ、ごめんね。突然、笑っちゃったりして」

「いえ」

「この子ね、家ではほとんど仕事の話なんかしなかったんだけど。あなたのことは時々話してたのよ」

「それはもしかして、すごく頼りない、とか……」


 再び白瀬の母が笑った。

 いつもただ挨拶をしていたくらいだったから、笑った顔を見るのは初めてだった。


「違う違う。逆よ、逆」

「逆、ですか?」

「そう。今年、新しく入った子は自分が仕事で突っ走ってもちゃんとついてきてくれるんだって。いつも自分一人で空回りしていることが多いから、そういう子が入ってきてくれて嬉しいって言ってたわ。最近、……ああ、この子がこんな風になる前の話だけど、ちょっとずつしっかりしてきたって嬉しそうにしてた」

「……白瀬さんが、そんなことを?」

「あら、あなたには言っていなかったの?」

「……はい」

「でも、そうでしょうね。この子のことだから、本人に向かってそんなこと言うの恥ずかしがるに決まってるからね。男の子だとは知らなかったけど。ううん、なんとなくそうじゃないかとは思っていたんだけどね。ねえ、藤乃」


 まるで意識があるかのように、白瀬の母は白瀬に語りかける。

 白瀬は眠ったように目を閉じたまま、何も反応することは無い。


「こんなこと、起きてるときに本人の前で言ったら怒り出しそうね」

「ですね」


 顔を見合わせて少し笑う。

 白瀬のことだから、そんなこと言ってない、などと言い出しそうだ。それはそれで、きっと可愛い。

 その顔が、見たい。

 最初はほとんど話したことが無い人と二人ということに緊張していたが、いつの間にかそれもほぐれていた。目の前にいる人が、顔も声もどことなく白瀬に似ているからかもしれない。それが辛くもある。


「でも、あなたも藤乃みたいに仕事熱心ならちゃんと身体に気をつけなきゃ駄目よ。いつもこの子のこと、心配してたんだから。今にも倒れるんじゃないかって」

「……」


 今の和季はそうでもないなどと、この人の前では言えなかった。


「三日間しか無いから、その分出来ることはしたいっていつも言ってた。生き返りの人が喜んでくれるのが一番嬉しいって。だから、こうなったときはびっくりしたけど、咄嗟に身体が動いちゃったのね。そういう子だから。きっとね。せっかく生き返ったのに、大切な人を道連れになんかして欲しくなかったんじゃないかな。もうちょっと自分ことを大切にしてもいいと思うのだけれど。……あら」

 白瀬の母が目元に手をやる。

「ごめんなさいね。こんな話をして」

「……いえ」

「藤乃が気に入るような子だから、あなたもちょっと危なっかしそうよね。藤乃がいない分、代わりに自分が頑張らなきゃなんて思ってるかもしれないけど、無理しないようにね。親御さんを悲しませちゃだめよ」


 涙を隠すように微笑む。

 自分だって辛いに決まっているのに、この人はどうして人の為に微笑むのだろう。


「でも、こんな目に遭っても起きたらまたいつもみたいに仕事に行くって言うんでしょうね。この子は」


 確かに、白瀬なら言いかねない。

 そして、職場で今の和季を見たらどう思うだろうか。


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