耳障りな声
「萩本君の同期だったとはね。児童福祉課が相談を受けていた親子だと聞いて呼んだんだよ。少しでも情報が多い方がやりやすいと思ってね」
穏やかな松下の声も、今は鬱陶しく思うだけだ。どんな事実があったとしても、やることは同じだ。
トラブルを起こさないでいてくれたら、それでいい。
「そう、ですね」
とりあえず適当に相槌を打っておく。
「萩本君、最近大丈夫かい?」
「何がですか?」
「いや、いいんだ」
松下が静かに首を横に振った。
「わざわざありがとうございました」
一応、和季の為にしてくれたことだろうから、お礼だけは言っておく。松下がいつもの笑顔で頷いた。
席に戻ると、ひよりと目が合った。ひよりの目はいつもキラキラしているように見えて苦手だ。すぐに目を逸らす。
今はあまり話したくない。
「なんか大変そうだねえ」
だというのに、問答無用でひよりは話し掛けてくる。
「そうですね」
「最近の萩本君、なんか冷たくない? 前はもっと可愛い感じだったような気がするんだけど。あ、そうだ! 白瀬さんがいなくなってからじゃないかな。そりゃあ、私だって心配だよ~。でも、ずっと暗くしててもしょうがないじゃん」
本当に心配しているのかいないのか、軽い口調でひよりは白瀬の名前を口にする。
やめろ! と叫びたかったが、そんなことはしない。頭が、痛い。
和季が返事をしないのをいいことにひよりは話し続ける。
「今回の件もさ。白瀬さんなら、一日中帰って来なさそうだよね。ものすごく親身になって色々してあげそう。すごかったよねえ。私だったら絶対無理だなあ」
悪気の欠片も無さそうなひよりの言葉が、和季の神経を削る。
耳障りだ。
そうやって親身になっていなければ、白瀬はまだここにいたのだ。
両手を机にでも叩きつけて、この部屋を出て行きたい。
軽々しく白瀬のことを語らないで欲しい。
松下も松下だ。白瀬のことがあったのだから、親身になって生き返りに対応することなんかないと言ってくれればいいのだ。それなのに、わざわざ大西を呼んだりして事を大きくする。
「霧島さんもそう思いますよねえ。……あれ? 霧島さん?」
霧島に同意を求めたひよりが、急に声を詰まらせた。
「どうしたんですか!? 汗びっしょりですよ!」
確かに、霧島は額に汗をかいている。
「なんでもない」
冷たい口調で言い放つが、その声にはいつもより力なく聞こえた。
「なんでもないわけ無いじゃないですか。めちゃめちゃ体調悪そうな顔してるじゃないですか。医務室でも行きます?」
「大丈夫だって」
霧島の顔がいつもと変わったようには見えない。だが、ひよりは心配そうに霧島の背中をさすっていた。
もう少しで爆発しそうだった和季の気持ちが急激にしぼむ。元々、こんなところで激高するようなキャラではない。
感情的になれば面倒なことになるだけだ。
霧島の体調が本当に悪いのか和季にはわからないが、お陰で和季は頭を冷やすことが出来た。




