面倒な仕事
和季は、児童保護施設でむっつりと不機嫌そうな顔をした男の子と向かい合っていた。この子が今回担当する生き返りだ。
これまで担当してきた生き返りは、全て大人だった。子どもは初めてだ。
男の子は子ども用の小さな椅子に座っている。
「こんにちは」
声を掛ければ大人ならそこでなんらかの反応があるものだが、そっぽを向いたままこちらを見てもくれない。
「天池昇君、だよね。僕は萩本和季といいます。生き返りの人をお手伝いするお仕事をしています」
大人なら業務口調で話せばいいのに、子ども相手なのは面倒だ。どうして、こんな煩わしい生き返りを和季に振ったのだろう。
そもそも、やる気など無いのに。
近くにいる職員に目を向けてみると、困ったように首を振った。
昇と対面する前に、何を聞いてもきちんと答えてくれないというのは聞いていた。子どもを何人も見ていて、和季より子どもの扱いに慣れているはずの職員でも駄目だというならお手上げだ。
「昇君は三日間で何かする予定とかあるかな? あったら教えてもらえると助かるな」
とりあえずマニュアル通りのことを噛み砕いて言ってみるが、昇は答えない。
無理難題を言われても困るから、答えてくれない方がマシなのではないかとも思ってしまう。
ここに来る前にした松下との会話を思い出す。
『今回の生き返りは二人。同時に起こったんだ。珍しいケースだね』
『二人同時に担当するということですか?』
『いや。さすがに一人で二人を担当させるようなことはしないよ。萩本君に担当してもらうのは天池昇くん、小学一年生だ』
『そんな小さい子が? もう一人はどうなっているんですか?』
『同時に生き返ったのは親子なんだよ。こっちに回ってきたのは息子さんの方だけでね。今は児童保護施設に預けられている。母親の方は……、今は警察署にいるんだ』
『警察署……、ですか?』
『心中、だったらしい。母親が息子を殺して後を追ったということだね。息子の方は警察署に留め置かれる理由は無いと判断されたらしい。それで、母親の方は警察に、息子の方は生き返り課にということになった。こちらに振られれば断る訳にもいかないからね。よろしく頼むよ』
正直、こんな案件を和季に振った松下が恨めしかった。
子どもの生き返りが初めてなのに、その上難しい事情を抱えた子だ。
が、考えようによれば和季にはほとんど仕事が無いとも言える。このまま昇が何も話さないなら特にすることは無い。
面倒を見るのは児童養護施設の職員の仕事であって、和季がやらなくてはならないのは一日一度の面談だけと考えればいい。
最近は大人の生き返りに対しても、ほとんど無駄な対応はせずに済ませてきた。子ども相手で調子が狂ったが、考えてみればいつもと変わりが無い。
「何も予定は無いかな?」
昇は下を向いて、こちらを見る素振りも見せない。
面倒なことが起こる前に、見切りを付けた方が良さそうだ。聞くだけは聞いた。
大体、子どもとはあまり接したことがないから扱い方もわからない。専門の職員がここにはいる。それならば和季は何もしないで、そちらに任せた方が合理的というものだ。
そんな訳で、和季は生き返り証明書を施設の職員に渡してすぐに帰ることにした。本人が小さな子どもの場合は、保護者や監督している大人に渡すことになっている。
最初に松下から任されたときには面倒な担当を押しつけられたと思ったが、意外と楽に済みそうだ。




