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恋愛は初心者です

「今回は大変なんですか?」


 仕事の話に戻ったのは、心配なのもあるが気まずい雰囲気を変えるためでもある。


「え? ああ、担当している人のこと? ちょっとね。精神的に不安定になってるみたいで」

「……僕には荷が重そうですね」

「そう? 今はまだ経験が浅いから私に振られただけで、任されればちゃんと出来ると思うよ」

「そ、そうですか?」


 まだまだ出来るとは思わないが、信頼されているのは素直に嬉しい。


「それに、今回は男性が担当した方が良かったかもだし」

「え? 気難しいおじいさんとか、ですか?」


 学生時代にバイトをしていたとき、女性社員が接客を担当していたら突然怒り出して男を出せと怒鳴っていた人がいた。ある程度年齢がいっているの人の中には、女性が上司だというのが何故か理解出来ない人もいるらしい。和季にはわからない感覚で、気分が悪くなるような考え方だが。

 そういう人なのだろうか。


「ああ、そうじゃないんだけど。ちょっとさ……。性格とかはともかくね。振られたばかりだから彼女の役をして欲しいとか言われて、さ」

「な! なんですか、それ」

「うわあ! いきなり大声出して、なに」

「あ、ご、ごめんなさい」

「てか、こんなこと話されても困るよね」

「いえ、聞きます。僕では白瀬さんみたいにサポートすることは出来ないので、話を聴くくらいしか出来ませんから」


 もちろん、言ったとおりのことも考えている。が、本心は別だった。仕事とはいえ、白瀬に彼女になってくれと言うなんて、そんなことを言う男性がいるなんて、


「許せません」

「え、何が?」

「あ、いえ、なんでもないです」


 思わず口に出てしまった。慌てててぶんぶんと手を振って誤魔化す。


「とにかく、そういうの苦手なんだよね、私。大体さ、彼氏なんて高校生の時以来いないっていうのに」

「え、そうなんですか。綺麗なのに」

「は!? 何言ってるの!? あ、からかってる! からかってるんでしょ! そんな大人しそうな顔して実は悪いやつか!? 悪いやつなのかっ!?」


 白瀬がよくわからないファイティングポーズを取っている。

 意味不明だが無駄に可愛い。

 けれど、そんなことを口に出したら絶対にもっと話がおかしくなるのはわかる。


「悪くないです! 全然悪くないです! というか、なんでそういう発想になるんですか。本当のことなのに」


 だから、とりあえず一生懸命弁解しようとするのだが、言えば言うほど泥沼にはまっている気がする。どんな沼にはまっているのかは考えないことにする。


「……なに、それ」


 白瀬は完全に下を向いて沈黙してしまった。

 失言を繰り返しまくっているのはわかる。白瀬に彼氏がいないのがわかったのが嬉しくてちょっとおかしくなっているのだ。自分が相手になれるとは今のところ思っていないが、いないだけで嬉しくなるのはわかって欲しい。


「とにかく、困ってるんだってば。男性が担当してたらこんなことにならなかったでしょ」


 白瀬がため息を吐く。


「それは、確かにそうですね」

「それならさ、萩本君ならどうするわけ? 彼氏のフリして欲しいとか言われたらってことね。仕事だから出来ることはやりたいけど、出来ないことってあるでしょ? あ、担当するのが男性じゃなくて女の子って考えてね」


 白瀬はいつもより早口だ。本人が言うとおり、恋愛話は苦手そうな雰囲気がバリバリに出ている。


「ええと、僕も困りますね。高校生の頃どころか、一回も付き合ったこと無いので。それに、そういうのってフリで出来ることじゃないというか……」


 もちろん、好きな子がいたことくらいはあるが、両思いになったことは無い。告白したことすら無いので当たり前だが、告白しても無理だったと思う。


「そうなんだ。ふうん」


 白瀬の答えはあっけなかった。

 一度も女性と付き合ったことが無い男だと知って呆れただろうか。きっと、そうに違いない。相談する価値も無いと思われてしまうのは辛い。


「でも、珍しいですね。白瀬さんが仕事のことで悩むなんて」

「そりゃ、恋愛関係苦手だから……って、別に私だっていつも悩んでるよ。何、簡単にやってるようにでも見えた?」

「あ、ええと……」


 言葉に詰まっていると、白瀬は何故かさみしそうに微笑んだ。


「違うんです! きちんと進む道が見えてるように見えて、かっこいいと思います! 簡単にやってるように見えてた訳じゃなくて……、ええと、いつも一生懸命というか、悩んでる暇があったらその間にやるというか……」


 そんな顔をさせたくなくて、まくし立てるように思ったことを口に出してしまう。何を言っているのか自分でもわからない。


「……わかった。恥ずかしい。ごめん。まだ慣れてない萩本君に相談なんかしちゃって」

「いえ。僕なんか、全然役に立ってる気がしないんですが」


 それどころか、さっきからどうしようもないことばかり言っている気がする。それなのに、


「それは……。そんなことは無いよ。うん。ありがとう。ちょっと楽になったかも」


 ふわりと柔らかく、白瀬が笑った。どうしようもなく胸が締め付けられるような、そんな顔で。

 だから和季は、やっぱり今日もマグネットの付いたお茶を買って帰ろうと思った。種類は沢山あったはずだ。きっとまた喜んでくれる。

 好きとか嫌いとか、白瀬と同じように経験が浅すぎて和季にもよくわからないけれど。

 きっとこの気持ちはとても単純なことで。

 また、この人の笑顔が見たいから。

 ただ、それだけ。


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