表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/82

二人の猛獣

 和季が二度目の生き返り担当を行うことになったその日に、事件は起きた。といっても、生き返りの人との間に問題が起こったのではない。


「では、よろしくお願いしますね」


 松下から一通り説明を受けて、いつもの笑顔で微笑みかけられたとき和季の心は一度目のときよりずっと落ち着いていた。一度目のときよりも怖くなかった。

 上手く出来なくても、きっとまた何かあったら白瀬がサポートしてくれるだろうと信頼していたというのもある。高岡の一件をやり遂げて、一生懸命やれば自分にもやり遂げられると思ったのも大きい。

 早く一人前になって白瀬に認めてもらいたいというのもあった。


「ああ、白瀬さん」


 唐突に、霧島が白瀬に声を掛けた。霧島が白瀬の名前を呼ぶのは珍しい。和季が見ている限り、二人が話しているのはあまり見たことが無かった。この前のこともあって、あまり性格が合わないのではないかと思っている。


「はい?」


 やはりあまり無いことなのか、白瀬も少し不思議そうな顔をしている。行かなければと思いつつ、二人の会話も気になってしまう。


「いつまで経っても説明してなかったみたいだし、あれだけは言っといたから」

「あれ、ですか?」

「業務に差し支えるだろう? この前みたいにさ」


 なんのことを言っているのか、すぐにわかった。まさかここで蒸し返すとは思っていなかった。


「なんで言っておかないかな。萩本君に教えたら知らないと言われて驚いたよ。さすがに口を出さずにはいられなかったじゃないか。俺たちの業務には生き返りの監視も含まれているんだ、ってね」


 わざわざ白瀬の前で言うことはないと思うのだが、この前の和季の言動が気に入らなくて直接言いたくなったのかもしれない。

 白瀬はどんな表情をしているのだろうと顔色をうかがう。和季が反論してもいいものかどうかわからない。


「それは、わざわざどうもありがとうございます」


 表情を変えずに、白瀬が答える。

 思っていた答えでは無かったのか、霧島がムッとした顔になる。


「もっと早く教えるべきじゃなかったのか?」

「そうですね。確かに最初に言っておくべきだったのかもしれません。それは私の落ち度です」


 二人から猛獣同士が穏やかに向き合っているような圧を感じる。


「ですが、もう霧島さんが説明してくださっていたんでしょう? それは知っていましたから、もう問題は無いですよね」

「何? 俺から説明したことはもう話していたのか?」


 話の矛先がこちらへ向かってきて、和季は首を横に振る。白瀬に確認しようと思ったことはあるが、霧島に聞いたことを芋づる式に話すことになりそうで言いだし辛かったのだ。

 ぴりぴりとした空気が部屋中に充満している。


「じゃあ、白瀬さんはあの時の会話を聞いていたのか?」

「たまたま聞こえたんです。外に出ようとしているときに通りかかったんで。頼りにならない指導係ですみません」


 二人の視線の間には冷たい火花が見える。

 当たり前だ。あの会話を聞いていたのなら。

 あの時の霧島は、思い切り白瀬のことを非難していた。

 ぽんぽん、と軽い音が鳴る。


「はいはい。そこまで」


 松下だ。いつもと同じ穏やかな声が、二人を止める。わざといつもと変わらないようとしている風にも聞こえた。


「今、言い争うことでは無いでしょう。萩本君は今から生き返りの担当に行くんだよ。ほら、忘れ物しないようにね」

「あ、は、はい!」


 松下の言葉に我に返る。一瞬忘れてしまったが、今から大事な仕事があるのだった。

 白瀬と霧島は黙って決まり悪そうにしている。


「あの、行ってきます」


 和季はそそくさと部屋を出た。



   * * *



 車を運転しながら、さっきあったことを思い出す。霧島が先に白瀬に言うのではなく和季に言ってきた時点から思っていたが、やはりあの二人はあまり仲が良くないらしい。まず考え方が違いすぎる。

 松下に言われてすぐに部屋を出てしまったが、今は一体どんな状態になっているのか、想像するのも怖い。さすがにまだにらみ合っていることは無いだろうが、雰囲気は最悪になっているに違いない。

 と、二人の険悪なムードのことばかり考えてしまっていた和季は、一つ忘れていたことに気付く。

 白瀬はあの会話を聞いていたと言っていた。さっきは聞き流してしまった。だが、あの会話を聞かれていたということは、和季が白瀬のようになりたいと言っていたことも白瀬は知っていたということだ。

 動揺してハンドル操作を誤りそうになる。


 まさか本人には聞かれていないと思っていたから言えたことだ。急に恥ずかしくなる。

 帰ったらどんな顔で白瀬に会えばいいのだろう。

 その前に、まずは仕事だ。今から生き返りを担当としなくてはいけないのにこんなことを考えている場合では無い。

 和季はハンドルを握り直す。いつの間にか手のひらがじっとりと汗で濡れていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ