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『彼女』の幻影

 最近、生き返りを担当する度に考えてしまう。

 もしも、目の前にいるのが『彼女』だったら。


「萩本さん、いい人そうなので思わず口が軽くなっちゃいました。話を聞いてくれそうだなって。よく言われません?」

「ええ、まあ」


 答えながら、和季は一瞬見えた『彼女』の幻影を振り払う。

 仕事中にぼんやりとしているわけにはいかない。


「それより、いいお天気ですね」


 由梨が窓の外を見る。病院の無機質な窓から見える空は青い。雲がふわふわと浮いている。うっすらとかかった雲から柔らかく差し込んでいる日差しが気持ちよかった。


「明後日の天気も晴れだそうですね」

「はい! 私も天気予報見ました。やっぱり、結婚式は晴天がいいですよね。真っ白なドレスには青空が合うと言うか……うん。結婚式だけでも挙げられるのは、きっと幸せですよね。だって、死んだ人がみんな生き返りになれるわけじゃないんでしょう?」

「はい。確率はかなり低いです」

「じゃ、私はやっぱり幸運です。楽しみにしてたから。あ、萩本さんは結婚されてます?」


 和季は首を横に振る。


「結婚どころか彼女もいませんよ」


 『彼女』はまだ、彼女ですらなかったから。


「あ、ご、ごめんなさい」

「いえ」

「えと、だったら知らないと思うんですけど、結婚式の準備ってめっちゃ大変なんです! あそこまでやっといて式挙げずに死ねるか! な気持ちです。……って、もう死んじゃってるわけですが」

「それは絶対に挙げないといけませんね」

「子どもの頃からウェディングドレスも憧れだったんです。試着はしたけど、本番で着ないと気が済みません。子どもの頃に書いた将来の夢、お嫁さんでした。女の子にとっては憧れですよね。好きな人と素敵なウェディングドレスを着て歩くっていうのは」


 結婚式の光景を思い描いているのだろうか。由梨の頬がほんわりと上気している。


「あ、お茶でも飲みます? のど乾きませんか? 私ってばこんな話ばっかりごめんなさい」


 急に恥ずかしくなったのか、由梨はいそいそと冷蔵庫を開けた。


「あれ? もう空だ」


 ペットボトルを振りながら由梨が呟く。


「新しいのも、無いなあ。私がのど乾いちゃって」

「買ってきましょうか?」


 担当する生き返りが幸せそうなのはいいことだ。和季はその為に働いている。

 けれど、その幸せに当てられて胸焼けしているのは事実だ。

 少し離れて別の空気を吸いたかった。

 が、


「どうせなら、二人で売店行きませんか?」

「いいですよ」


 由梨にそう言われてしまえば断れない。



 二人で病院の廊下を歩く。

 由梨は靴ではなくスリッパを履いているので、ぺたぺたと気の抜けるような音がする。


「すぐに退院しなきゃいけなので、ゆっくりしてるのも変なんですけどね。事故に遭ったときはもうダメだと思いましたが、今はどこも悪くないわけですし。むしろ体が軽いくらいです! すごいですね生き返りって」

「寝たきりだった人が起き上がって健康に歩けるようにもなりますからね」

「わあ。いいことばっかりじゃないですか。……て、三日後には死に還るんですけど」


 冗談めかして笑った後、由梨は言葉を止めた。少し間を置いてから呟くように言う。

「でも、そのまま死ぬよりはいいですよね」

「それは……。はい、そうだと思います」


 羨ましいです、と言ってしまいそうになって止める。


「慣れてるんですね」

「こういう状況は結構ありますから」


 この仕事に就いたばかりのときだったら、きっとどう返していいのかわからなくて言葉に詰まっていただろう。

 病院にはよくある、やたらと大きいエレベーターに乗り込む。点滴を付けた患者がからからと車輪の音を立てて乗り込んでくる。慣れた動きから、入院が長そうだとわかる。

 何の病気かは知らないが、この人だって生き返りになりさえすれば点滴など取ることが出来る。病院など抜け出して、自由にどこへだって行けるようになる。


「お茶、買いに行くだけじゃないんです。たっくん、忘れっぽいから部屋番号忘れてるんじゃないかって、心配になっちゃって」

「確かに、迎えに行くだけならちょっと遅いですもんね。あんなに吉谷さんのことを心配されていたのに」

「改めて言われると恥ずかしいんですが……。けど、どうしたんだろ、ほんと。もしかして、他の階とか行っちゃってるかな……。それともまだロビーにいるのかな?」


 汰一のことを本気で心配しているようだ。本当に忘れっぽいのかもしれないし、あまり顔色がよくなかったから一人で行かせてしまったことが不安なのかもしれない。

 もうすぐこの世からいなくなってしまう人間が、今生きている人の方を心配しているというのもおかしな話だ。


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