もう一つの意味
「今回は災難だったな」
自販機から出てきたコーヒーを取っていた和季は、一瞬誰に話し掛けられたかわからなくて振り向く。
声の主は霧島だった。
高岡のことを言っているのだろうか。霧島は同じ職場だが、今までほとんど話したことが無い。
労ってくれようとしているのだろうか。それとも、単なる社交辞令だろうか。
「確かに大変でしたが、なんとかなりました」
とりあえず、愛想笑いを浮かべてみる。
霧島が一歩前に出た。自販機を使おうとしているのだと気付き、慌てて一歩下がる。
霧島は和季を一瞥すると無言でコーヒーを買った。一口飲んで、再び和季を見る。
「大変だろ?」
再び霧島が口を開く。
「何がですか?」
霧島よりも先に買ったのに、和季はコーヒーを開けるタイミングすら逃している。
食堂でさっさと昼食を食べて来たので、昼休憩の時間はまだある。生き返り課の部屋に戻ってコーヒーを淹れてもいいのだが、人がいない自販機の近くのベンチでのんびりしようと思っていたところだった。人の少ない場所の方が落ち着く。
だが、霧島と立ち話をすることになるくらいなら、すぐに部屋に戻ればよかった。
「白瀬さんだよ。やる気だけで突っ走るから、ついていくのが大変だろうって話。今回のことだって、きちんと最初からやることだけやっとけば遠くまで行く必要も無かったんだ。覚えておかなければならない仕組みすらまだきちんと説明されていないようだからな」
霧島の言葉には白瀬への悪意が含まれている気がして、少しカチンとくる。
「……でも、この前のことがあってから少しずつ聞いてます。まだ足りない部分はあるかもしれませんが」
思わず言い返すような言葉になってしまった。
「ま、この仕事はイレギュラーなことが多いのは確かだけどな、最低限仕事に支障が無いくらいは知っててもらわないと、こちらにとばっちりが来るようなことはやめてほしいんだ」
「……がんばります」
確かに和季はまだまだ頼りないが、霧島には迷惑は掛けたことは無いはずだ。だが、これから迷惑を被ることを危惧しているのかもしれない。
自分のペースを崩されるのが嫌いな人なのだろう。
「その様子だと、もしかして、俺たちの業務のもう一つの意味すら言われていないんじゃないのか?」
「もう一つの意味?」
言われた意味がわからなくて聞き返す。
霧島が肩をすくめた。
「俺たちの仕事はなんだ?」
「生き返りになった方をサポートすることです、よね?」
「まあな。それもある。けど、俺はもう一つの業務の方が重要だと思うけどな」
勿体ぶるような言い方だ。早く、本題に入って欲しい。
「それは、何なんですか?」
白瀬には、生き返り課の業務に別の意味があるなんて聞いていない。
「俺たちは、何のために一日に一度会うなんて面倒なことをしていると思っているんだ?」
「ええと、それは生き返りの方たちが心残りの無いようにサポートするためで……」
霧島がやれやれとでも言いたげなポーズを取る。悔しいくらい様になっている。
「本当に説明していないんだな。まあ、マニュアルにはあえて書かれないものなんだが。全く、やはり彼女は合理性に欠けるな」
確かに、白瀬の行動に合理性があるとは言い切れない。だが、その物言いには引っかかるものがあった。




