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少女の微笑み

 帰りの運転は行きよりは少し大人しかった。


「あの、さっきので大丈夫でしたか?」


 ハンドルを握る白瀬に恐る恐る聞いてみる。白瀬は再びサングラスを掛けている。


「うん、がんばったね」


 素直に褒められて、胸が熱くなる。


「白瀬さんも一緒に謝ってくれたおかげです。ありがとうございます」

「その為について来たんだから当たり前だよ」


 なんでもないことのように白瀬は言う。なんでもないように、これまでも生き返りを担当する姿を見ていた。

 けれど、それは当たり前のことなんかじゃなかった。


「明日は一人で行ける?」

「えと、一人で、ですか?」

「大丈夫でしょ。もう、明日は高岡さんも連絡取れなくなったりしないだろうし。一人でやることにも慣れていかないとね。もちろん、何かあったらまたすぐにサポートはするよ」

「はい、よろしくお願いします」

「うん」

「あの、ところで」


 行きからずっと気になっていた。


「車、お好きなんですか?」

「うん」

「すごいですね」

「え?」

「いえ、僕じゃこんな車、絶対運転できないですし」

「そう? ぶっ飛ばすの気持ちいいよ」

「……そうですか」


 行きのものすごいスピードを思い出して身震いする。もしかして、アレが普通なのか。


「変?」


 ぽつりと白瀬が呟いた。


「え、なんでですか」


 変だとは思わない。むしろ、


「かっこいいです。最初は誰かと思ってびっくりしましたけど、サングラスとかめちゃくちゃ似合ってます。あ、もちろん車も」

「そ、そう? ありがと。よく女のくせにこんな車に乗ってとか言われるからさ」

「失礼な人がいるんですね」

「失礼、か。そうだね。うん。失礼だよね、本当に」


 当たり前のことを言ったつもりなのに、しきりに白瀬が頷く。あまりに頭を振っているので、前が見えているのか心配になる。



   * * *



 次の日、和季は高岡と一緒に見知らぬお墓の前に立っていた。家族の墓参りには時々行くが、知らない人のお墓の前に立つのは初めてだ。

 墓石には、高岡家代々之墓と書かれている。

 高岡は、近くで買ってきた花を生けて墓石の上に柄杓で水を掛けている。それから、手を合わせた。和季も、そっと手を合わせる。


 朝にホテルのロビーで待ち合わせて、そこで今から行くところについてくるようにと言われたのだ。今日は早めに職場を出て、和季の安全運転で来た。昨日の倍くらい時間が掛かった。

 白瀬はすぐに連絡がつくように待機してくれている。一人は少し心細いが、昨日の心細さよりはずっとマシになっている気がする。


「ごめんなさいね。付き合わせてしまって」

「い、いえ。あの、昨日も、もしかしてお墓参りに来られていたんですか?」


 高岡は首を横に振る。これまでとは雰囲気が違う。ずっと威圧感のようなものを感じていたが、今はそれが無い。


「ここね、私の両親のお墓なの」


 ぽつりと、高岡が言う。


「……私、親の反対を振り切って、家を出たの。昔から折り合いも悪かったしね。そして、なんとか一人で成功は出来たんだけどね。だけど、ここにはずっと帰ってこなかった。二人が死んだときにさえ、ね。どうして、今になってここに来たいと思ってしまったのかしらね」

 何をどう答えていいのか、和季にはわからない。白瀬だったら、掛ける言葉を持っているだろうか。

「なんで自分にそんなこと話すのか、って顔ね」

「いえ、そんな。よかったら聞かせてください」


 確かに唐突で驚いたが、話を聞くことくらいしか和季には出来ない。

 小さく鼻を鳴らして、高岡が続ける。


「簡単な話。家を出たすぐのことを思い出しちゃった。あなたの初々しさを見ていてね。私だって最初から意地悪ババアなんかじゃなかったのよ」

「……」

「言わなくてもわかってるの。みんなそう思ってるなんてこと。でもね、仕事を始めたばかりの私は今とは全然違ってね。いつもおどおどしてた。自信なんてどこにも無くてね。だけど、せめて任されたことは最後までやり遂げようって、それだけは頑張ろうって思ってたの。だから、昨日のあなたの言葉を聞いてね、思い出しちゃって。責任は最後まで取るなんて、震える声で言ってたから」


 思い出すと恥ずかしい。


「でも、頑張っているうちに、誰にも負けないようにと虚勢を張っているうちにこんな風になってしまってね。もう、後戻りは出来なってしまったの。馬鹿みたい。私にはこんなことを話せる人もいないの。寂しいでしょう? でも、もう慣れてたから。慣れていたと思ってた。なのに、最期にこんなところに来てしまうなんてね。昔住んでいた家も無い。あるのは、ここだけなの。今になってこんな……。しかもね、昨日はここに来ようとして足が向かなかった。こんな状況になっても、躊躇してしまうなんてね。だから、悩んで悩んで当てもなく歩いていただけなの。こんな歳になって、おかしいったら」

「おかしくなんて、ないです」

「こんなこと本当は言いたくないんだけどね。うん、もう最期だから。……誰かについていて欲しかったの。私、本当は臆病だから。それがあなただったわけ。迷惑だったでしょ?」

「いいえ、……いいえ。その、言いにくいことを話して頂いて、ありがとうございます」

「本当、恥ずかしいわ。馬鹿みたい。……でもね。聞いてくれて、ありがとう。昨日の、ええと名前を覚えていないけれど、あの女性の方にも感謝していると伝えておいて。上司なんでしょう? いい人に恵まれてよかったわね。私にはそういう人がいなかったから」


 高岡は小さく笑った。皺だらけの、少女のような微笑みだった。

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