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見つかった高岡

 目的のホテルに着いたときには、高岡は不在だった。フロントのホテルマンに白瀬が聞いたところによると、外出しているだけで連泊しているから戻ってくるらしい。


「あの、探しに行った方がいいですかね」

「待ちましょう」


 おろおろとするばかりの和季に、白瀬は落ち着いた声で答えた。


「ロビーで待たせてもらってもよろしいですか?」

「どうぞ」


 ホテルマンが微笑む。プロという感じだ。羨ましい。


「ありがとうございます」


 頭を下げて、白瀬がロビーの椅子へと向かう。和季もそれに続いた。


「戻ってくるとわかってるなら待った方がいい。擦れ違いになる方が怖いから。どこに行ったかもわからないんだし」


 言われてみれば、その通りだ。


 車の中ではずっと緊張しっぱなしだったせいで、座ったらどっと疲れた。


「大丈夫? 喉渇かない?」

「あ、いえ、大丈夫です」


 そう答えたものの、本当は喉がカラカラだった。

 白瀬は立ち上がって自販機へ向かう。断ってしまった手前、自分で買いに行くのも躊躇われた。


「はい」


 目の前にペットボトルのお茶が置かれる。


「あ、ありがとうございます!」

「なにその嬉しそうな顔。喉、渇いてたんじゃない。素直に言えばいいのに。それくらい奢ってあげるよ。それなら、好みとかあんまり無いかと思って」


 白瀬に渡されたお茶はよく見るメーカーの緑茶だ。ありがたい、なんてものじゃない。

 すぐに蓋を開けて、口に入れる。美味しい。

 白瀬はコーヒーを飲んでいる。ブラックだ。


「今のうちに、さっき説明し忘れたこと少し説明しとくね。こういうときじゃないとまた忘れそうだから」

「はい」


 かこん、と机の上に白瀬がコーヒーの缶を置く。


「本当は昨日の時点で高岡さんが旅行に行きたいとか、理由はわからないけど私たちの管轄外に出る予定だと教えてくれたら、他の地域の役所に引き継ぎを行うことも出来たんだ。まあ、これは私がシステムをきちんと説明しておかなかったのも悪いんだけど。とはいえ、この仕事はイレギュラーなことが多いからね。全部説明しておくのって難しいんだ」

「あの、戻ったらまた色々そういうの教えてもらえますか?」

「過去の事例とか見ながら、説明するよ」

「はい。お願いします!」


 次は失敗したくない。

 あまりに元気よく答えてしまったせいか、白瀬がくすりと笑った。





 ホテルの自動ドアが開いて、白瀬と話していた和季はそちらに慌てて顔を向けた。

 高岡だ。

 和季は慌てて駆け寄る。駆け寄らずにはいられなかった。顔を見るまでは、まだ本当に会えるのかどうか不安だった。


「高岡さん! よかった!!」

「? あなた、昨日の?」


 高岡が顔をしかめる。


「こんなところまで追いかけてきて、なんなの?」

「今日もお会いする約束でしたから、その……」


 高岡がわざとらしくため息を吐く。


「あなたとなんて会ってたら時間がもったいないでしょ。だったら黙って来ちゃったほうがいいじゃない」

「そんな……。あの、絶対に会わないといけないことになっていて……」


 高岡と会ったら、きちんと明日も会わないといけないことを説明して、もう一度出来ることはないか聞いて、昨日の説明が上手く出来ていなかったことを謝罪して……。

 ふと、和季の腕に柔らかな手が触れた。スーツ越しなのに、そのぬくもりを感じた気がした。


「失礼します」


 柔らかい声だった。


「なに、あなた誰?」

「萩本と同じ生き返り課の白瀬と申します。萩本の説明が不十分になってしまったことでご迷惑をお掛けして申し訳ありません。お時間の限られている中、心苦しいのですが、一日に一度は会って頂くことになっているのです。とはいえ、押しかけるようなことをしてしまい誠に申し訳ありません」


 白瀬が頭を下げる。


「申し訳ありません!」


 和季も頭を下げる。


「あのねえ、本当に迷惑よ。しかも二人に増えてるし、なんなの」

「はい、その通りです。お騒がせしてしまって申し訳ありません。昨日の時点で話をきちんと伺っていなかったこちらの落ち度です」


 答えを返せない和季の代わりに、深々と頭を下げたままの白瀬が答える。


「ああ、もう、止めてよ。こんなところで」


 高岡のいかにも迷惑そうな声。


「場所がわかったなら、こっちの役所の人に引き継ぎでもなんでも頼めばよかったじゃないの? なんで私なんか追いかけてこんな所まで来てるの」


 高岡が何度目かわからないため息を吐く。


「それは……」


 考えてもいなかった。確かに、白瀬も最初からわかっていたら引き継ぎが出来たと説明してくれた。だが、


「すみません。考えてなかったです。あの、きちんと対応できなかったのは僕なので最後まで責任取らないといけないと思って。あの、僕。まだ職員になったばかりで、その、他の人よりはすごく頼りないのですがっ、それでも、追いかけなきゃって、それだけで」


 思わず、口走ってしまった。白瀬も出来るとは言ったが、やろうとは言わなかった。

 和季自身も、投げ出したいとは思わなかった。


「馬鹿みたい。そんなこと私には関係ないわよ。それに……、突っ走ったっていいことないのに」

 吐き捨てるように言って、高岡は大げさに肩をすくめる。それから、急に笑い出した。

「本当に馬鹿ね。こんなおばあさん追いかけてきてさ。放っておけばいいじゃない。もうすぐ死ぬのよ。ああ、もう死んでるんだったわ」

「放っておけません」


 きっぱりと白瀬が言う。


「はい。せめて残りの時間、お手伝いします」


 和季も続けた。

 そうだ。今、高岡が言ったとおり、もう時間が無いのだ。自分自身が切羽詰まっていると、すぐに忘れてしまいそうになる。


「そこまで言われるとねえ。全く、こんなところ、見つかると思わなかったわ。もう降参よ。それなら、明日も付き合ってくれる?」

「はい!」


 ため息交じりの高岡に、和季は答える。

 白瀬を見ると、静かに頷いてくれた。


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