現れたのは
力の入らない手で、鞄の中の携帯電話を探る。しばらく放心してしまっていたが、きっとこれは報告した方がいい。少しでも、手がかりになりそうなことだ。
絶対にさっきよりも怒られるに決まっている。それでも言わなければいけない。第一、自分のミスだとわかったのに黙ってなんていられない。
怒られてもいい。
それでも言った方が、これ以上大事になるよりマシだ。
携帯電話を取りだして、震える手で登録されている白瀬の番号を表示させる。後はボタンを押すだけだ。
番号を選択して、ボタンを押そうとしたその時、電話が鳴った。
白瀬からだ。
一度息を吸い込んで、吐いて、電話を取る。
「……はい」
『もしもし!? 見つかったよ、高岡さん!』
「ええっ!?」
あまりに急な展開に頭がついていかない。
「ど、どこにいるんですか?」
『泊まってるホテルがわかったの。今は外出中だったけど、ホテルにも連絡して確認は取れた』
白瀬の声は、さっきより落ち着いている。だが、和季の方は何が何だかわからない。
「……あの、どうやってわかったんですか?」
まだ、どこかに行ってしまったかもしれないという説明すらしていない。
『その説明は後で。今から高岡さんを追いかける。幸い車で行ける距離だから』
「えっ、あの。一人で行くんですか?」
自分一人でやっても、また失敗しそうで怖い。
『私も行く。今、高岡さんのマンションだよね。車はコインパーキングに入れてる?』
「は、はい」
『なら、車はそのままで待機しといてくれる? 迎えに行くから。一度戻ってもらう時間が惜しい。じゃあ、マンションの前で』
和季の返事を待たずに電話が切れる。
正直、一人で追いかけることにならなかったのは心強い。高岡が見つかったことにも心の底から安堵している。だが、まだ実感が無い。失敗してしまったという心細さの方が勝ってる。
今からここに来るという白瀬と、どんな顔をして会えばいいのかわからない。とりあえず、怒られることだけは覚悟しておいた方がいいに違いない。
落ち着かないまま、マンションの前で待機していた和季の前に一台の赤いスポーツカーが止まった。このマンションの住人だろうか。
怖い人が出てくるのではないかと、和季は身を引く。
スポーツカーの窓が開いて、サングラスを掛けた女性が顔を出す。
「乗って!!」
女性が叫んだ。一瞬、和季に言っているのかと思ったが、ハッと気付いて後ろを向く。後ろに誰かいるに違いない。
こんな知り合いはいない。
「ぐずぐすしないで! 萩本君!!」
「??????」
名前を呼ばれて混乱する。
女性がさっとサングラスを取った。それでも一瞬誰なのかわからなかった。まさかサングラスの下が彼女だなんて思ってもいなかったからだ。
「え、あ、白瀬さん?」
「ほら早く! 助手席!」
怒鳴るように言われて、ようやく我に返る。
「あ、はっ、はい!」
慌てて助手席に乗り込もうとするが、指紋を付けるのも躊躇うくらいぴかぴかのドアハンドルに怖じ気づく。こんな車に乗るのは初めてだ。
「何してんの、早く乗って」
白瀬の声に後押しされて、ようやくドアを開く。シートが低い。乗り込もうとした和季はかっこ悪く足がもつれてバランスを崩し、座席に倒れ込む形になった。
「すぐシートベルト付けて。行くよ」
「は、はい!」
シートベルトを付けた途端に、車はぐんと急加速した。身体が後ろに引っ張られる。Gを感じるというのはこういうことだ。
自分で車を運転するときにそんなものは感じたことがない。
白瀬の姿を見たらすぐに謝ろうとか、どうやって高岡を見つけたのか聞こうとか、色々考えてもやもやしていたのだが、そんなものは見事に吹っ飛んでいた。
目の前の景色も吹っ飛ぶように後ろへ流れていく。
「あの、この車って……うあっ」
がくんと急に車が止まる。
「気をつけないと舌噛むよ」
どうやら赤信号で止まったらしい。映画なんかでは聞いたことのあるセリフだが、実際に聞くことになるとは思わなかった。
「これは私の車。こっちの方が速いと思って」
簡潔に白瀬が答えて、再び車は発進する。
確かに、和季も使っている市役所の車よりもこっちの方が絶対速いに決まっている。
だが、マンションの前の道路で、赤いスポーツカーが道の向こうから砂煙を上げながら迫ってきたときには、やばいものが来たと思った。絶対に怖い人が乗っているに違いないからと、出来るだけ見ないようにして歩道の端の方に下がっていた。
それなのに、今はその車の中で身を小さくして座っている。
車が高速に入る。更にギアが上がった。ただ、一般道と違って急に赤信号で止まることはないおかげでさっきよりは少しだけ怖くない。シートも今まで座ったことのないようなものだ。包み込まれているような形で、緊張さえしていなければ座り心地が良さそうだ。
ちらりと横目で運転席の白瀬を見る。白瀬をバックにすごい勢いで景色が流れていく。サングラスのせいでいつもとは別人のようだ。




