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緊張と不安

 その日は突然に来た。


「萩本君。早速だけど、今日は前に行っていたとおり、一人で生き返りの担当をお願いできるかな」


 松下に声を掛けられたときは、出勤してからまだあまり時間が経っていなかった。椅子すら温まっていない。


「え、あ、今からですか?」

「そう、今から」


 唐突ではあったが、不思議なことに和季は少しだけほっとしていた。

 松下に次は一人で担当してもらうと言われてから、もしも何かやらかしたらと悪い想像ばかりしてしまい、その度に胃が痛くて心が休まらなかった。

 やりたくないと思いつつ、不安になることばかり考えてしまう重圧にも耐えきれなくなってきていた。今日も一日、そんな気持ちで過ごすのかとうんざりしていたところだった。

 それでも、いざとなると緊張はする。


「それでね、その方なんだけど、もうここに来ているんだ」

「え?」


 ここに来ているとは、どういうことなのだろう。後ろに誰かいるのかと思い、恐る恐る振り向く。これで、本当にいたらホラーだ。


「ああ、違う違う。ここのロビーにね」


 松下が苦笑する。


「こちらから伺うと伝えたのだけどね。時間がもったいないからと、朝一でここまで来られたみたいなんだよ。だから、すぐに行ってもらえるかな」


 ロビーに来ているといるのなら、エレベーターに乗っただけですぐに着いてしまう。心の準備をしている暇も無い。


「書類は今渡すから、目だけ通してくれるかな」

「は、はい」

 返事が掠れてしまう。


「大丈夫?」


 白瀬から声を掛けられただけで、飛び上がりそうになる。


「忘れ物だけはしないように。一緒に確認するから」


 緊張のしすぎで、本当に忘れ物でもしそうな勢いだ。


「でも、この建物内だし、忘れてもすぐに取りに来れるけどね。そんなに緊張しなくて大丈夫だよ」

「あ、ハイ、そうですね」


 安心させるために言ってくれているのだろうが、返事が機械みたいになってしまう。


「それに、ここなら何かあってもすぐに私たちも対応できるでしょ。課長もちゃんと考えてくれてるよ。だから今回、萩本君に回したんだと思うけど」

「あ」


 自分のことでいっぱいいっぱいで、そんなことにすら気付かなかった。

 色々と情けない。

 考えてみれば、生き返りの所に行くまでずっと緊張しているよりは、パッと会ってしまえる方がマシかもしれない。



   * * *



「え、こんな若い人なの?」

「あ、え、す、すみません」


 名乗った途端に睨み付けられて、和季は肩を縮こまらせてしまう。反射的に謝ってしまった。

 市役所のロビーに並べられたテーブルの一つで、和季と向き合って座っているのは年配の女性だ。若作りしているように見えるが、年齢は隠せていない。和季の顔を見ながら眉間に深いしわを刻んでいる。


「どんな人が来るかと思ったら、なんだか頼りにならなさそうね。おどおどしてるし。もう少し、しゃきっとしたら?」

「……あ、す、すみません」


 さっきと同じ謝罪の言葉を繰り返してしまう。


「私の所だったらクビだからね、クビ」


 今回和季が担当する生き返りである高岡(たかおか)亜矢子(あやこ)は、資料には小さな会社の社長だと書かれていた。確かに和季はまだ仕事に慣れていない。だが、初対面で、しかも一人での初仕事で、そこまで言われるのはさすがに辛い。

 すでに泣きたい気分だ。

 白瀬だったらきっとキビキビと対応しているに違いないと思うと余計に辛くなってくる。彼女はなんでもてきぱきとこなしていた。あんな風になれる気がしない。


「で、手短にお願いできるかしら。私、会社の後片付けもしなくちゃならないし、こんなところで時間取ってるわけにはいかないのですけど。そんな決まり、馬鹿みたい。せっかくこんな所まで来たんだから急いでくれる?」

「あ、は、はい! 急いで手続きしますので!」


 和季は鞄の中から書類などを取り出す。今まで白瀬のやっていることを見ていたから、それを思い出せば落ち着いてやれば出来るはずだ。そのはずなのに、緊張しているせいでばさばさと紙の束を床に落としてしまう。


「鈍くさいわね」


 高岡がため息を吐く。


「す、すみません」


 自分が情けなくなってくる。落ち着け、落ち着けと心の中で呟く。


「それで、ですね、三日間は必ず私とどこかで会って頂くことになっています」

「え、それ、決まりなの?」

「は、はい。一応」

「一応?」

「あ、いえ、絶対です」


 もう一度、高岡は大きくため息を吐く。


「そんな面倒なことしなきゃいけないの? せっかく生き返ったのに?」

「……お願い、します」


 和季は頭を下げる。語尾が掠れて小さくなってしまった。


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