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逃げられないとわかっていても

 終業のチャイムが鳴るとともに、霧島が席を立つ。


「お疲れ様でした」


 軽く頭を下げて、部屋を出て行く。

 どうすればちょうどの時間に終わらせられるのか不思議になるくらいに、霧島は毎日チャイムと同時に立ち上がる。

 霧島のようにぴったりではないのだが、ひよりも彼に続いてほぼ定時に帰っていく。


「おっつかれさまでした~」


 元気なひよりの声が部屋の中に響いて、それからしんと静かになる。残されるのはいつものメンバーになる。和季と白瀬、そして課長の松下だ。

 松下もそろそろ帰り支度をしている。彼は仕事があるときには残ることもあるし、定時に帰ることもある。


「ほらほら、萩本君も今日は帰りなよ。担当が無いときはちゃんと休まないとね」


 帰り支度を始めながら、松下が和季に声を掛けてくる。


「は、はい!」


 反射的に返事をしてしまうものの、生き返りを担当していないときにまとめておかなければならない書類など、やらなければならない仕事は目の前に山ほどある。まだ仕事に慣れていないせいか、要領よく出来なくて定時までには終わらない。

 それに、和季を指導してくれている白瀬もまだ帰る様子は無い。だとしたら、なんだか帰りにくい。白瀬はいつも忙しそうだ。


「白瀬さんもだよ。白瀬さんが帰らないと萩本君も帰りにくいでしょう? 適度に休んだ方が仕事の効率も良くなるよ」


 松下の言葉に白瀬が顔を上げた。


「……そうですね」

「期限付きのもので無ければ、慌てなくてもいいんだからね。また明日にしましょう」


 優しそうに聞こえて有無を言わさぬ松下の言葉に、観念したように白瀬が机の上を片付け始める。


「ごめんね、萩本君。私に付き合ってた?」


 白瀬がこちらを見ずに言った。


「えと、そんなことは」


 口ではそう言うものの、松下から白瀬に声を掛けてもらえたのは正直ありがたかった。

 まだ、どこで仕事の区切りを付ければいいのか、どんなペース配分でやればいいのか、今ひとつ掴めていない。生き返りの人を担当しているときは、無我夢中で目の前に向かえばいいというのはあるが、それもどんなさじ加減でやればいいのかまだわかっていない。


「あのさ、私のことは気にしないで先に帰っていいんだからね」


 白瀬の口調は申し訳なさそうな響きを含んでいた。なんとなくわかってはいたが、仕事に熱中していて和季のことは頭から抜けていたらしい。


「……はい。あ、でも僕もまだ終わってない仕事とかあって」


 思わず愛想笑いを浮かべてしまった。

 白瀬は好意で言ってくれているのだろうが、だからと言って明日からさっさと帰るというのも和季には出来そうにも無い。白瀬が残っているならきっと残ってしまう。昔から人に合わせてしまう性格なのだ。

 さっさと帰ってしまえる霧島とひよりが少し羨ましい。


「ほらほら、帰るよ。二人とも」


 追い出してくれる松下に、心の中で感謝する。



   * * *



「そろそろ萩本君にも一人で生き返りを担当してもらおうと思うんだけど、どうかな」


 普段通りに仕事をこなしているときに、松下に声を掛けられた和季は即返事をすることが出来なかった。

 突然にこにこと微笑みを浮かべた松下に肩を叩かれたのだ。


「萩本君にも段々慣れてもらわないといけないからね。今までは無かったけど、時々重なったりすることもあるんだ。まあ、それ以外でも出張なんかと一緒になったりすると萩本君にも任せることも出てくるからね」

「でも、その、まだ自信が無くて……」


 一人で担当するなんて、今の和季には考えられない。全く自信が無かった。


「大丈夫。一人で行ってもらうことにはなるけれど、何かあったらすぐにサポートするから。白瀬さんにでも私にでも相談すればいいからね」

「あの、僕一人で出来るでしょうか?」


 一度目の坂田の後も何度か白瀬について生き返りを担当したが、和季があんな風に仕事をこなせるとは思えない。

 人相手の仕事だ。何か落ち度があったら取り返しがつかない。


「最初は誰でも初めてだから」


 ぽんぽん、と和季の肩を松下が叩く。温かい、父親みたいな手だ。


「……はい」


 断れないこともわかっている。和季は生き返り課に配属された職員だ。学生の頃のように何の責任もない立場ではない。給料だってしっかりもらっている。

 もっと、事務処理ばかりの人と関わらなくてもいい部署に配属されればよかったと思わずにはいられないが、どこになるかはわからないのだから仕方が無い。


「いつになるかわからなかいから、心構えだけはしておいてね」

「……わかりました」


 和季はとぼとぼと自分の席へ向かう。いつか一人で担当することからは逃れられないとはわかっていても、出来るだけ先延ばしにしたかった。


「萩本君」


 席に座ると同時に、白瀬が気遣うように声を掛けてくれた。


「今、私も聞いてたけど、一人でやっててわからないことがあったらすぐ聞いてね。後で大変なことになるよりは、すぐ聞いてくれた方がいいから」


 すぐに質問してもいいと言ってくれたのは本当にありがたかった。学生時代にやっていたアルバイトでも、疑問に思ったことを聞きづらい職場は居心地が悪くて仕方が無かった。ただでさえ人見知りする和季には尚更だ。

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