閑散とした展示室
十時からの開場に間に合うように、白瀬と和季は昨日も来た公民館に足を踏み入れた。
坂田は先に一人で来ていて、すでに展示室の中にいた。
「……今日は、よろしくお願いします」
相変わらずおどおどとした様子で、坂田が頭を下げる。
「一応、僕のSNSで告知はしたんですが、人が来なかったらごめんなさい。せっかくこんなことしてくれたのに無駄になるかもしれないです」
「生き返りになったことは書きましたか?」
白瀬が問い掛ける。
「……いえ」
「それはちゃんと書き込んだ方がいいんじゃないですか? 最期だって、伝えた方がいいですよ」
「……そうですかね。でも、生き返りだからって話題になって人が来ても全然嬉しくないし。生き返りの描いた絵だからって話題になるのも嫌なんですよね……」
自嘲気味に話す坂田の考えは、和季から見るとやはり少し歪んでいるように思ってしまう。どんな手段でも人が来てくれれば、それはそれでいいのではないのだろうか。
「でも、もしも坂田さんのファンが終わった後でそれを知ったらきっと悲しみますよ。もう取り返しが尽かないですから」
「僕のファンなんて、いるかどうかわからないんですが……」
「きっといますよ。フォロワーの人だっているんじゃないですか? その人たちは違うんですか?」
「……少ないですが、はい」
白瀬の言葉に押されて、ようやく観念した顔で坂田はスマホを取り出した。
描いた絵は大切に扱って欲しいと言うのに、その絵が人に評価されているかどうかに対しては急に不安になるようだ。
描ければ、展示できれば、それでいいというわけではないらしい。
午前中、受付に座っていたり展示室の中を巡回するように歩いていたりした和季だったが、坂田の言っていたとおりファンらしき人は来た様子が無かった。数人だが部屋の中に入って来た人がいなかったというわけではない。しかし、どうやら展示物に興味があるようではなく、近所の人が散歩のついでに寄った、という感じだった。
「そろそろお昼ですね。ご飯どうします?」
白瀬が時計を見て言った。実はあまりの時の進みの遅さに和季もちらちらと時計を見ていたのだが、なかなか言い出せなかった。人が来ない展覧会の受付は、暇だ。
「交代でどこか食べに行きますか?」
「あ、僕はいいです。なんだか気になっちゃって、ここを離れたくないんです」
力なく坂田が口の端を上げる。
坂田は朝この場所を開けたときから、黙って入り口から入ってくる人たちを凝視していた。その視線にたじろぐように後戻りしてしまった人もいるくらいだ。威嚇しているようにしか見えなかったあれは、来る人が気になってずっと見ていたということだったらしい。
わかってはいたが、ただ仕事でここにいる和季とは全く違うようだ。
「でも、ちゃんとご飯は食べた方がいいですよ」
「あ、はい。なんだか、そんなこと言われたの久しぶりです」
こうして普通にしている坂田はやはり気の弱そうな青年だ。
「母に言われたっきりですよ。そういうの」
「お、お母さんですか」
坂田の呟きに、白瀬が笑顔のままで固まっている。明らかに年上の男性にそんなことを言われるのは複雑なのかもしれない。
「あ、ずっと一人暮らしだったから、なんだか新鮮っていうことです」
フォローするように慌てて坂田が続ける。
「成功してない息子なんて肩身が狭くて……、あんまり帰ってないんですよ、実家。生き返ったことはちゃんと連絡したんですけど、最後までお前の好きなようにしろと言われただけで、そこまで言われたかったもので。まあ、この歳になってもまだ売れない絵ばかり描いていられたのは、いつもそう言ってもらえていたおかげなんですけど……。ああ、すみません。こんなことまで話しちゃって」
「いいえ、大丈夫です」
白瀬が微笑む。
「あの、じゃあ、コンビニで買ってきてもらってもいいですか?」
何故か恥ずかしそうに、坂田が口籠もる。
「シーチキンのおにぎり。……あれ、子どもの頃から好きなんです」




