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僕の最期はここですか?

「……もう少し丁寧にやってもらえますか?」

「すみません」

「……そんな持ち方しないでください。絵が傷つきます」

「わかりました。傷がつかないように気をつけますね」


 坂田の苛ついた言葉に、白瀬が謝っている。紙袋に一つずつ絵を詰めていた和季までびくりとする。白瀬はそれほど雑に絵を扱っているわけではない。それでも、坂田には気になるようだ。


「そっちも、袋からはみ出しているところ気を付けてくださいね」

「は、はい」


 矛先が和季にまで回ってくる。和季には白瀬のように自然に受け答えが出来ない。

 梱包作業を始めてから、坂田は別人のようになっていた。絵が大事なのはわかる。だが、過剰なのではないかと思ってしまう程、あまりに上からなのだ。

 それでも、仕事なのだからと坂田の言うとおり丁寧に丁寧にと自分に言い聞かせる。


「……時間があれば一人で全部出来るのに」


 ぼそりと坂田が呟いた。本音なのだろう。小さな声で言えば聞こえないと思っていたのかもしれない。だが、静かな部屋の中では聞こえてしまう。

 和季の手が止まりそうになる。だったら、一人でやればいい。そう言ってしまいそうになるのを堪える。

 和季は白瀬の方を見る。彼女もさすがにカチンときたのではないだろうか。言い返したりはしてくれないだろうか。

 彼女にも坂田の呟きは聞こえていたはずだ。それなのに、顔色も変えずに黙々と作業を続けている。


「何か、気になることがあったら言ってください。出来るだけ希望どおりにしたいと思っていますので」


 坂田に向かって、笑いかけてすらいる。

 そこまでする必要があるのだろうか。和季は視線を逸らして、自分の作業を続ける。


「これで全部かな?」


 全てを運び出した後で白瀬が部屋の中を見回す。キャンバスの上に置かれた絵がそのままだ。


「……あれは、そのままでいいです」

「わかりました。では、行きましょうか。萩本君は悪いけど後部座席ね。坂田さんは助手席どうぞ」


 白瀬は、坂田と普段どおりの顔で話している。和季は黙って後部座席に乗り込む。

 油絵がどっさり詰められた後部座席は、ほとんど荷台と言っていい場所だった。むせかえるような油の臭いが、荷物に圧迫されて体を小さくしている和季を包む。

 車が目的地に着いたときには、ようやく広い場所に出られることにほっとした。外に出てみれば空気も美味しい。周りには緑も多い。そういえば、個展の場所がどこなのかも聞いていなかった。


「……ここは」


 呟いたのは、和季ではなく坂田だ。


「公民館です。本当は美術館の方がいいと思ったのですが、やはり急だと空きが無くて。ここでなんとか頼み込んだんです。駄目でしょうか? 一応、駅が近くにあるところを選んだので交通の便は悪くないと思いますが」

「……」


 ぽかんとした表情で坂田は目の前の建物を見つめている。きっと坂田も和季と同じことを思っている。絵の展示が出来る場所と聞いて、勝手に美術館を想像していた。

 ここは、少し大きめの公園の中にある普通の公民館だ。


「ええと、僕の最期はここですか? ここで充分ってことですか?」


 毒々しい声は坂田のものだ。さっき梱包しているときもそうだったが、絵のことになると、この人は性格が変わる。

 そんな坂田にも、白瀬は真摯な声で答える。


「きちんとしたところを取れなくて申し訳ないとは思っています。しかし、美術館やギャラリーとなると一年前くらいから決まっているところが多くて。決して坂田さんの作品を軽んじているわけではないんです」

「……そうですか。そうですよね」

「この場所も普段から展覧会を開くのに使う方もいらっしゃるそうです」

「それって、老人会とか趣味のサークルとか、そういうのですよね。あとは、小学生の夏休みの作品とか? やれるだけマシってことですか」


 大げさな動作で、坂田は肩を落とす。そして、自虐的な口調で言った。


「まあ、個展なんて急に開けるようなものでもないですよね。わかってましたよ、うん」


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