見ているだけって言ったのに
坂田のアパートの前で、白瀬はどこかに電話を掛けている。その前はなんだか難しい顔で何かを考えている様子だったり、スマホでどこかのホームページを検索したりと、なんだか声を掛けるのが躊躇われるくらいだった。仕事ぶりを見ていた方が勉強になるかと思い、とりあえず隣にいる和季だ。
「……空きは、ありますでしょうか? はい、はい。急ですが、そこをなんとか。お願いします。これからすぐに伺いますので」
どこかの施設に問い合わせているというのはわかる。会場を手配しているようだ。
和季は生き返り課に配属されてから、多少だが過去の事例を記録した書類に目を通した。その時によって、やることは全然違う。場合によっては臨機応変に動かなければいけないのは理解している。
それでも、これはかなり強引なのではないだろうか。
坂田は最初、何も手助けなど必要としていなかった。帰ってしまっても問題はなかったように思う。生き返り課の仕事とは、ここまでやらなければいけないことなのだろうか。
白瀬が電話を切った。
「あの、何か手伝えることはありますか?」
「これから手伝ってもらうことは結構あるかな」
「私はちょっと手続きがあるから、少し行かないといけないところがあるんだけど、萩本君は坂田さんについていてもらっても大丈夫かな。何か手伝うことがあるかもしれないし」
「え、ええと。僕一人で、ですか!?」
見てるだけでいいと言ったのに詐欺だ、と心の中で叫ぶ。
「うん。申し訳ないけど、ここにいてくれるかな。多分、彼は思い詰めるタイプだと思うんだ。だから、萩本君が一緒についててくれた方が安心なんだよね。いいかな」
「は、はい」
そこまで言われて、無理矢理ついていきたいなどとさすがに言えない。
「少し行ってくるから、一応会場は確保できそうだということは伝えておいて。それじゃあ、よろしく」
振り返りもせずに、白瀬は車に乗り込んでしまう。
引き留めるわけにもいかず、行ってしまう白瀬を見送ることしか和季には出来ない。
会場が確保出来そうだということを伝えると坂田は目を白黒させていた。
「……本当ですか」
「は、はい。そう聞きました」
「そうですか。個展……か」
それだけ呟いて、坂田は黙り込んでしまう。会話が途切れる。和季は白瀬のように話すことが出来ない。何を言えばいいのかすらわからない。
坂田もこれまでの反応を見ていると和季と同じで、あまり人と話すのが得意ではないタイプだ。和季が話し掛けなければ、きっと二人とも黙ったままだと容易に想像できる。
何か言わなければと必死で考える。普段なら黙ったままでも問題ないが、仕事だと思うと無言で済ませているのはいたたまれない。
「……あの。個展をやるならどんな絵を出すんですか?」
「そう、ですね……。そうだ。今らか選ばないと」
ようやく和季が絞り出した質問に答えた坂田は、立ち上がって部屋の中をぐるぐると歩き出す。
やると決まれば、どれも思い入れがあるらしい。どれを選べばいいんだろう? などと呟きながら坂田は腕を組んでキャンバスを見つめている。
「あ、あの。お手伝いできることは……」
和季の小さな声は耳に入らないようだ。
「……というか、今からだと額装は出来ないな。どうやって展示するかな? ああ、本当なら何ヶ月も掛けて準備するものなのに。こんな急とか有り得ないだろ」
坂田の視線が描きかけの絵へと移る。心残りに違いない。
「もうすぐ完成なんですか? その絵」
勇気を振り絞って少し大きな声を出してみる。坂田が急に振り向く。聞こえたようだ。
「あ、うん。そうなんですけど、最後の仕上げがなかなか」
坂田の顔はあまり年齢を感じさせない。芸術家というものはこういうものなのだろうか。それとも、生き返りの人がそうなのか。初めて実際に生き返りを見た和季にはわからない。
特に会話が続くと言うことも無く、坂田は再び独り言を呟きながらうろうろと歩き回り始めた。手伝うと言っても何をどうすればいいのか、和季は戸惑うばかりだ。早く白瀬が帰ってきてくれることだけを、さっきからずっと願っている。




