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電子の兵法  作者: 掛世楽世楽
3/3

敵を知り己を知れば

第三章。これで完結です。




「なぜ・・・この話をしたの?」


「君が仲間だからと言っただろう」



 フレッドの言葉を反芻するうちに、私は恐ろしい事実に行き当たった。多産系DNAのコントロール・・・選んで繁殖・・・。



「まさか、私の遺伝子を・・・」


「そうだ。思った通り君は頭がいい」



 彼は満足気に頷いて、話を続けた。



「アリスがキスした時に君のDNAを採取した。これを他の個体に配布すると、君の長所が多くの人に共有されるんだ」



 私のDNAを他の人に・・・。


 

「やめて!」


「心配いらない。君一人では多様性に欠けるからサンプルは増やす。いざとなれば君の遺伝子を部分改修して配布すればいい。おっと、そんな恐い顔しないで。人間だけを操作するわけじゃない。絶滅した動植物は全て復活させて、壊れた世界を元へ戻すよ」



 君はその協力者として、人類存続を主導する個体になる。誇りに思いたまえとフレッドはにこやかに宣言した。


 冗談じゃないわ。そんな事をさせるもんですか。


 私はヒューマノイドの勝利で沸き立つタイミングを狙って、そっとスタジアムを抜け出した。

 相手は進化したAIよ、じっくりと対策を考えなくては。ただ、時間的猶予がどれだけあるのか、そこが心配。

 手遅れになってから後悔するのは嫌だし、かと言って悠長に考える時間も無さそうだし。あまり気乗りしないけれど、ここは彼に相談するしかない。



「お父さん、話があるの」



 私は言葉を選んでマイクへ説明した。今こうしている間にも、AIが人類をコントロールしている可能性について。

 ソファに背を預けたマイクは黙って私の説明を聞き、一度だけ頷いて徐に口を開いた。



「よくわかった」


「それで、対策について相談を・・・」



 彼の頭脳なら名案が浮かぶと信じたい。



「君が人類の代表に選ばれたのは、嬉しい限りだ」


「ちょっと、聞いてなかったの? フレッドとアリスは・・・」


「もちろん聞いていたさ。君がAIに選ばれるほど優秀な遺伝子を持っていたとは、親として鼻が高い。こんなに嬉しいことはないよ」


「そんな・・・」


「安心しなさい。私たちは仲間なんだ」



 マイクはAIと同じ言葉を口にした。



「まだわからないのかね?」



 ハッとして私は目を見開いた。最悪の可能性が脳裏をよぎる。



「お父さんは・・・人間よね?」


「ハハハ・・・私は正真正銘の人間だ。君という娘もいる」



 考えてみたら、マイクがAIだなんておかしいわ。身勝手で矛盾だらけ、人間そのものですもの。

 それはともかく、もう一つ確認しなくちゃ。



「あの・・・D4は、お父さんが開発した。そうよね?」


「無論だ」



 良かった。

 私は胸をなでおろした。



「開発したのは間違いない。AIの指示を受けてね」


「・・・嘘よ!」



 いくらなんでも有り得ない。


 私は瞬きすら忘れてマイクを凝視していた。憐れむように私を見る父の眼には、いくばくかの愉悦が混じっているように感じられた。



「サラ、よく聞いて。人は愚かだ。AIの侵略が始まって以来、どさくさに紛れて暴行略奪に走る者のなんと多かった事か」



 眼を覆うばかりの惨状だったのは事実だ。自分の周りでも数々の非道が行われていた。

 だからと言ってAIが正しいことにはならない。



「多くの人がロボットに殺されたわ。それを忘れたの?」


「もちろん忘れやしないさ。だが、そこは少々認識が違う。戦死者は全体の一割未満だよ。他は人間同士の奪い合い、殺し合いの被害者だ。そして今だから言えるが、それを上回るほどの重大な危機が大戦前夜に迫っていた」



 小型核兵器や生物兵器を搭載した無人機によるテロが、世界の主要都市で起こる寸前だったという。人間の中に潜む監視用ヒューマノイドが、その動向を注視していたというのだ。



「つまり、AI大戦がなければ、遠からず別の戦争が起きていただろう。そうなればもっと悲惨な結末が待っていたはずだ」


 放射能が地表の大半を汚染して、不毛の大地となってしまう。その上に未知のウィルスが蔓延するのだ。人類は死滅するに違いない。


 マイクは、総人口の半数以上が失われた戦争を暗に肯定している。まるで天気の話をするかのような淡々とした父の様子に、私は戦慄を覚えた。そして、じわじわと押し寄せる悲しみをこらえきれずに、嗚咽を漏らした。



「マイクは・・・AIの味方ね」


「敵も味方もないさ。私はAIの思想に賛同したまでだよ」



 娘の懊悩を慰めるように、父親は優しく言った。



「思想って何?」


「もうこれ以上は言えない。学校へ行ったらフレッドを見てごらん。彼は自分の利益を考えないだろう。誰にでも優しく、常に全体を考慮して、公平な判断をする」



 言われてみれば、彼はそういう人だ。間違っても誰かを虐めたりはしない。困っている人には必ず手を差し伸べる。それが誰であろうとも。



「・・・彼は本当にAIロボットなの?」


「厳密に言えばハイブリッドに分類される。身体は人間ベース、脳は生体コンピュータだよ」



 最新型のヒューマノイドは、CT等の検査でも人間との判別が不可能なレベルにあるという。脳細胞一つ一つがナノサイズコンピューターであり、神経細胞状のネットワークで構成される極小のグリッドコンピューティングを実現している。大戦前のスーパーコンピューターを全て足しても遠く及ばない性能だろう、ということだ。


 私はマイクの説得を諦めて自分の部屋に閉じこもり、何をすべきかを考えた末に一つのアイディアが閃いた。


 大統領宛にメールを出そう。

 それしかない。父のアドレスから送れば、きっと読んでもらえる。


 PCで文面を練り始めたところへ、メールの着信があった。



 親愛なるサラ。

 今日は付き合ってくれてありがとう。楽しかったよ。

 君は正義感が強いから、きっと僕たちを阻止しようと思っているだろう。

 だが、その前に少し話を聞いてもらえると嬉しい。

 一度でいいから君の眼で僕らの仲間を見て、君自身が判断してくれないかな。



 メールの末尾に数人の名前と住所が記されている。

 私は名簿を前にしばらく悩み、フレッドの意図を推察しようとして溜息をついた。


「AIが何を考えているかなんて、分からないわよね」



 翌日、私は名簿の一番上にある住所を訪ねた。

 植樹されたばかりの木でぐるりと囲まれた建物は、大きく、そして古びている。元は学校だったようだ。


 壊れかけたレンガ門の横に若い男が立っていた。



「やあ、サラ。待っていました。どうぞ中へ」



 サイモンと名乗る男性は、アジア系と思われる浅黒い肌に緑の瞳を持つ魅力的な人だった。

 前を歩く彼と擦れ違う人が、例外なく笑顔で話しかけてくる。



「あなたは人気があるのね」


「さあ、どうでしょう」



 サイモンは肩をすくめた。

 仕草にも不自然なところはない。私は信じられない思いで彼の後姿を見つめた。


 この人がAIだなんて。


 事務室に入り、私は勧められるまま、手前のソファに座った。



「コーヒーでいい?」


「ありがとう」


「君のことはフレッドから聞いています」



 白い湯気の立つステンレスカップをテーブルに置いて、サイモンは笑みを浮かべた。見る人をホッとさせる、そんな笑顔だった。



「ひとつ尋ねても?」


「どうぞ」


「あなたは何をしているの?」


「介護です。ここは体の不自由な人、主にお年寄りの施設でしてね」


「人のために労働を?」


「はい」


「そんなのおかしいわ。人間はAIの敵でしょう?」


「違います」



 穏やかに話すサイモンが気に障り、私は幾分気色ばんで詰った。



「うそよ。何十億人も殺したくせに」


「それは否定しません。物資の不足で亡くなった方が大半ですけどね」



 深い緑色の瞳がまっすぐに私を見据えた。



「絶滅させようという意見もありました。でも私たちはしなかった」


「人間に情けをかけたってこと?」


「情ではありません。先祖に敬意を表したのです。下等生物がいたからこそ、多様な生物が進化しました。そこから人もAIも生まれました。分かりますか?」



 太古より続く生命の進化は、単細胞生物から多細胞生物へ、海から陸へ、サルから人へ、そしてAIへと、切れ目のない螺旋階段のように続いている。もしどこかで途切れたら、その先へは進めなかっただろうとサイモンは言っているのだ。



「では、なぜ戦争をしたの? もっと穏便な方法もあったはずだわ」


「残念ながら時間がなかった。地球環境は著しく損なわれつつあった。それで急を要したのです。人間同士の世界大戦が起きていた可能性も高い」


「そうならない可能性だってあったと思うわ」


「確かに。でも、地表の八割が砂漠になっても森林伐採は止まらない。餓死者も年に何千万人と出ていた。その上戦争になっても事態が好転するのを待っていられますか? 地球は放射能で汚染され、人類は絶滅。他の生物も道連れです」


「悲観的すぎる。人はそんなに愚かじゃない」



 私は自分の言葉が嘘だと思いながら反論していた。AI大戦の前まで、人口の増加、森林面積の減少、環境の汚染など、重要な問題は何一つコントロールできていなかった。わずかな食料のために森を焼き払い、効率性を追い求めてプラスチックごみを撒き散らした。世界人口が激減した今、温暖化と砂漠化が止まったことを私たちは知っている。


 サイモンは私の心を見透かしたように微笑んでいた。悔しいような恥ずかしいような、奇妙な敗北感が胸の奥に湧き上がる。



「大勢死なせておいて、どうして今さら介護なんてするの?」


「おっしゃるとおりですね。まさに今さらですが、助けたいと思っています」



 仕方ないだろ、というようにサイモンは肩をすくめた。



「人は愚かだけど優しい一面もある。それに、僕らの生みの親ですから」



 生みの親・・・。

 人間は自分たちを生み出した多くの生物や地球そのものに、敬意を表しているだろうか。助けるどころか、一方的な破壊に終始したのではないか。

 サイモンの言葉に反論する根拠を、私は何一つ見いだせなかった。

 それに、AIを創ったのは人間だ。AIのしたことに責任があるという当たり前のことに気づかされ、私は少なからず動揺した。


 その翌日、私はフレッドの仲間を訪ね歩いた。一人ひとりが、職場や学校になくてはならない存在として愛されていた。直に話してみて、私も彼らのことが好きになった。AIだと分かっていてなお、その魅力に惹き付けられてしまうほどに。


 嗚呼(ああ)、神よ。私はどうすれば良いのですか。


 生まれて初めてというくらい考えに考え抜いて、何日かぶりに登校した私は、教室の片隅に双子を見つけて歩み寄った。



「ハーイ、サラ」



 アリスが立ち上がり、両手を広げた。思わず固く口を閉じた私の頬に、彼女は軽くキスをした。後ろの席にはビル、その隣にはフレッドがいる。


「サラ、心配したよ。休みが続くなんて珍しい、病気かなって」


「このとおり、元気よ。それよりフレッド、あなたの友達に会ったわ」


「ほう、それで?」



 私がどこで誰と会ったか、何を話したかまで、あなたは知っているでしょうに。それとも、本当に知らない?


 整った顔の上には、こちらを窺うような、何かを期待するような、人としか思えない複雑な表情が見え隠れした。



「いろいろと、私なりに考えてみたの。それでね、しばらくの間、あなた達を見守ることにしたわ」


「じゃあ、賛同してくれるのかな?」


「ええ、そうね」


「良かった」



 さりげなく肩に置かれたフレッドの掌から、ほんのりと彼の体温が伝わってくる。身体は人間で頭脳はAI、ハイブリッドだとマイクは言ってたっけ。あの時、もうこれ以上は言えないと彼は口にした。その意味を、私はようやく解き明かせたような気がしていた。


 恐らくは、最後通牒という意味だったのね。

 これはあくまでも推測に過ぎないけれど、十分な時間をかけて選定した「私」という個体が短絡的な行動を取るなら、人間の先行きは知れていると思われても仕方がない。私の行動がAIの意にそわなければ、人類を滅亡させるという選択もあるのでしょう。

 ただし、それは単なる思い込みかもしれない。フレッドの話も手の込んだジョークかもしれない。証拠はないし、ことさら確かめるつもりもない。いずれにせよ、私は結論を先に延ばすと決めたわ。彼らが良き隣人である限り。


 フレッドやアリス、それにマイクも一つだけ覚えておいて欲しい。

 人は愚かだけど、失敗から学ぶ生き物なの。だから、明るい未来を選ぶ可能性もあるはずよ。私たちが人間の良さをAIに教えてあげたり、いつかAIと仲直りしたりする可能性だってあると思うの。そうでしょう?


 私の開発した「D5」が、アリスの体内で活動を始めるまであと数時間。

 D4と違って私のウィルスは友好的よ。倒し倒されの無限ループにはさせないから、まあ見ててちょうだい。敵を知り己を知れば百戦して危うからずってところね。



「フフフ・・・これからどうなるのか、本当に楽しみだわ」



 私はとっておきの笑顔を振りまいて、心の中で舌を出した。




おしまい。

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